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新しいiPadと学習机と、自転車の特訓 [雑談]
今週末に実施したこと、その1(実際は金曜日の夜なので週末ではないが)・・・新しいiPadの購入。

実物の感動するほど綺麗なRetina液晶を見てしまってからは欲しい欲しいとは思っていたものの、具体的に何をするのかという点と、もう少しロットがはけてこなれてから買った方が良いのではと思っていたが、金曜日に仕事が珍しく20時過ぎで切り上げられそうだと思った瞬間に21時まで空いている銀座のアップルストアへダッシュしてました、はい。
実際触ってみると、改めて液晶の美しさに感動しまくり。
しかもiPad専用アプリ(HD)の中には仕事に活用できる物や、教育として子供と一緒に楽しみに対物ものあり、明らかにPCとは違った付加価値を与えてくれるデバイスに違いない。
今週末に実施したこと、その2・・・ちび太の学習机探し。
今月から小学校に上がったちび太には、まだ自分の部屋も学習机もない。
そこで新三郷のIKEAとニトリへ行ってみたのだが、そろそろ今年モデルは在庫が少なくなっており、売れ残ったモデルはどれも色がイマイチ。
個人的にはダークブラウンで家具を統一したいのだが、残っているのは全てライトブラウンの物ばかり。
ここは安易に選ばずに、帰宅してからネットで探してみたが・・・未だ良い物が見つからず。
何とかGW開け頃までにはちゃんとした勉強机を手配してやりたいが、果たして。
今週末に実施したこと、その3・・・自転車の猛特訓。
ちび太にはできれば小学校の野球教室に通わせたいのだが、野球教室に入る条件が「自転車をこげること」なのだ。
ちび太は補助輪が取れてからあまり練習してこなかったのと、買った自転車がまだ体に比べてちょっと大きめなのとで、いまだに乗れない。
そこで今日は一念発起し、午後数時間掛けて家の周りの道路で猛特訓を実施。
最初はハンドルを切りすぎて転んだ自転車のハンドルがまっすぐ上を向いてしまったところにみぞおちから倒れ込んでしまったりして泣きっぱなしだったのが、何度かやるうちに何とか乗れるようになった。
さらにその後特訓を続けるうちにコツをつかんで、最後は絶対に今日中にはたどり着けないと思った「一人スタート」までできるように!
子供の成長って本当に素晴らしい。
ちび太はよほど嬉しかったのか、家族全員を呼び出してひとしきり乗り回した後、今日の絵日記にもしっかり書いていた。
自転車を一人で乗るようになると親としては交通事故などの心配が増えて気が気では無いが、これも成長の階段の一歩。
それよりも問題は本人が野球よりもサッカーをやりたがっていることだけど(笑)

実物の感動するほど綺麗なRetina液晶を見てしまってからは欲しい欲しいとは思っていたものの、具体的に何をするのかという点と、もう少しロットがはけてこなれてから買った方が良いのではと思っていたが、金曜日に仕事が珍しく20時過ぎで切り上げられそうだと思った瞬間に21時まで空いている銀座のアップルストアへダッシュしてました、はい。
実際触ってみると、改めて液晶の美しさに感動しまくり。
しかもiPad専用アプリ(HD)の中には仕事に活用できる物や、教育として子供と一緒に楽しみに対物ものあり、明らかにPCとは違った付加価値を与えてくれるデバイスに違いない。
今週末に実施したこと、その2・・・ちび太の学習机探し。
今月から小学校に上がったちび太には、まだ自分の部屋も学習机もない。
そこで新三郷のIKEAとニトリへ行ってみたのだが、そろそろ今年モデルは在庫が少なくなっており、売れ残ったモデルはどれも色がイマイチ。
個人的にはダークブラウンで家具を統一したいのだが、残っているのは全てライトブラウンの物ばかり。
ここは安易に選ばずに、帰宅してからネットで探してみたが・・・未だ良い物が見つからず。
何とかGW開け頃までにはちゃんとした勉強机を手配してやりたいが、果たして。
今週末に実施したこと、その3・・・自転車の猛特訓。
ちび太にはできれば小学校の野球教室に通わせたいのだが、野球教室に入る条件が「自転車をこげること」なのだ。
ちび太は補助輪が取れてからあまり練習してこなかったのと、買った自転車がまだ体に比べてちょっと大きめなのとで、いまだに乗れない。
そこで今日は一念発起し、午後数時間掛けて家の周りの道路で猛特訓を実施。
最初はハンドルを切りすぎて転んだ自転車のハンドルがまっすぐ上を向いてしまったところにみぞおちから倒れ込んでしまったりして泣きっぱなしだったのが、何度かやるうちに何とか乗れるようになった。
さらにその後特訓を続けるうちにコツをつかんで、最後は絶対に今日中にはたどり着けないと思った「一人スタート」までできるように!
子供の成長って本当に素晴らしい。
ちび太はよほど嬉しかったのか、家族全員を呼び出してひとしきり乗り回した後、今日の絵日記にもしっかり書いていた。
自転車を一人で乗るようになると親としては交通事故などの心配が増えて気が気では無いが、これも成長の階段の一歩。
それよりも問題は本人が野球よりもサッカーをやりたがっていることだけど(笑)
つけ麺 [うまいもん]
最近ちょっとハマってるもの・・・それはつけ麺。
そもそもラーメンが好きで、つけ麺は食べていくうちにつけ汁が中途半端にぬるくなってしまうのが嫌で敬遠していたのだが、上野にある麺屋武蔵系の麺屋武蔵 武骨相傳で「黒」を食べてから、ちょっとマイブームになっている。

このつけ麺「黒」、正直見た目はイマイチなのだが、何とも言えない香ばしさと苦みがあって美味しいのだ。
しかもこの店の良いところは、スープ割りのスープがカウンターの魔法瓶に入れられていて、好きなだけ足せるという点。
つけ麺屋で一番許せないのは、割りスープが最初から添えられていて、食べ終わる頃には既に割りスープ自体が冷めてしまっているようなケース。
最後にぬるくなったスープを一気に熱々にして・・・という楽しみがない。
そして同じ麺屋武蔵系列で秋葉原にある、麺屋武蔵 武仁。
個人的にはこちらの武仁つけ麺の方が、武骨相傳よりもずっと好み。

さらに、テーブルに添えられているあんず酢が、つけ麺の甘めのスープと相まって後半戦も飽きることなく完食できる。
このお店はスープ割りのスープは別途後から注文(もちろん無料)する形なので、割り放題ではないのがちょっと残念。
いずれの店もかなりの太麺なのだが、やっぱりつけ麺は太麺にかぎる。
あー、夜中に書いてたら腹が減ってきたなぁ。
そもそもラーメンが好きで、つけ麺は食べていくうちにつけ汁が中途半端にぬるくなってしまうのが嫌で敬遠していたのだが、上野にある麺屋武蔵系の麺屋武蔵 武骨相傳で「黒」を食べてから、ちょっとマイブームになっている。

このつけ麺「黒」、正直見た目はイマイチなのだが、何とも言えない香ばしさと苦みがあって美味しいのだ。
しかもこの店の良いところは、スープ割りのスープがカウンターの魔法瓶に入れられていて、好きなだけ足せるという点。
つけ麺屋で一番許せないのは、割りスープが最初から添えられていて、食べ終わる頃には既に割りスープ自体が冷めてしまっているようなケース。
最後にぬるくなったスープを一気に熱々にして・・・という楽しみがない。
そして同じ麺屋武蔵系列で秋葉原にある、麺屋武蔵 武仁。
個人的にはこちらの武仁つけ麺の方が、武骨相傳よりもずっと好み。

さらに、テーブルに添えられているあんず酢が、つけ麺の甘めのスープと相まって後半戦も飽きることなく完食できる。
このお店はスープ割りのスープは別途後から注文(もちろん無料)する形なので、割り放題ではないのがちょっと残念。
いずれの店もかなりの太麺なのだが、やっぱりつけ麺は太麺にかぎる。
あー、夜中に書いてたら腹が減ってきたなぁ。
卒園式 [ちょっとまじめな話]
今週末は飛び石連休になった月曜日に久しぶりの有休を取って、4連休にした。
というのも、その3月19日の月曜日にちび太の卒園式があったから。

フランスから帰国したのが2010年9月末だったので、この幼稚園には約1年半通ったことになるが、私学ながら通わせて良かったと今振り返っても思う。
一番の理由は、園長先生(女性)が子育てに真剣であるということ。
難点としては話が長いのだが(笑)、今時クラスの父兄を目の前にして説教する私立幼稚園の園長などそうはいないだろう。
例えばちび子の通う年少組は確かに端から見ても年齢よりもさらに赤ちゃんっぽい子が多いが、それについても指摘した上で「幼稚園で鍛え直す」と一刀両断。
先日の劇発表会でも、自分の子供の番が終わった途端年長さんの劇を見ずに会場を去ろうとするお母さん方を呼び止め、「自分さえ良ければそれで良いという気持ちが、他人への無関心へと繋がり、子供のコミュニケーション能力にも影響を与えるんです!」的なことを真正面から言う。
曰く、「自分でやろう」と自立の精神を根付かせるのが幼稚園、「お手伝いしてあげる」と親の代わりに保育してあげるのが保育園であり、幼稚園で学んだ子供はより大人に近づいて(・・・というのもなんだが 笑)、小学校へ入学するんだという自負がある。
実際に文部科学省が監督官庁で学校教育法に基づく幼稚園と、厚生労働省が監督官庁で児童福祉法に基づく保育園は、その通りの制度的な違いはあるけど。先生の必要免許も違うし。
ただ、この園長先生の強い理念というか信念を見ると、幼保一元化を進めるのであれば保育園を幼稚園に会わせる方法で進めて欲しいと思う物だ。
そしてこの園長先生、ビジネスマン的な視点で見てもう一つすごいのは、比喩的に言うならば、園児という製品を地区の小学校に供給するサプライヤーの立場にありながら、その製品の高さで買い手側のサポート・サービスを自然と引き出そうとしている点だ。
例えば、運動会や音楽会には必ず区議会議員の先生方や周囲の学区の校長先生を来賓として招き、その場のスピーチややりとりをマイクを握って完全に仕切る。
親から見ていると、区の教育方針において最も大事なスタート地点を責任を持って担当している園長先生が、その方針の確かさを制度に責任を持つ区議会議員の言質を取りながら、さらに次のステップとして引き受けることとなる複数の小学校の校長がどのようにバトンタッチしていくかを見て品定めできるという機会が、毎年複数回ある訳だ。
実際に評判の良い小学校は校長先生もしっかりしているし、ここ数年で成績が落ちている小学校は層ではないと感じることが多い。
学校教育という特殊なエリアにおいても、組織はトップの器以上にはなれないというのは当てはまるのかもしれない(by 野村の教え)。
そんな超個性的な園長先生のコントロールの行き届いた(笑)幼稚園でしっかりと学んだちび太は、少しずつしっかりとたくましく成長しているように思う。
子供の成長に合わせて、親も成長せねば。
というのも、その3月19日の月曜日にちび太の卒園式があったから。
フランスから帰国したのが2010年9月末だったので、この幼稚園には約1年半通ったことになるが、私学ながら通わせて良かったと今振り返っても思う。
一番の理由は、園長先生(女性)が子育てに真剣であるということ。
難点としては話が長いのだが(笑)、今時クラスの父兄を目の前にして説教する私立幼稚園の園長などそうはいないだろう。
例えばちび子の通う年少組は確かに端から見ても年齢よりもさらに赤ちゃんっぽい子が多いが、それについても指摘した上で「幼稚園で鍛え直す」と一刀両断。
先日の劇発表会でも、自分の子供の番が終わった途端年長さんの劇を見ずに会場を去ろうとするお母さん方を呼び止め、「自分さえ良ければそれで良いという気持ちが、他人への無関心へと繋がり、子供のコミュニケーション能力にも影響を与えるんです!」的なことを真正面から言う。
曰く、「自分でやろう」と自立の精神を根付かせるのが幼稚園、「お手伝いしてあげる」と親の代わりに保育してあげるのが保育園であり、幼稚園で学んだ子供はより大人に近づいて(・・・というのもなんだが 笑)、小学校へ入学するんだという自負がある。
実際に文部科学省が監督官庁で学校教育法に基づく幼稚園と、厚生労働省が監督官庁で児童福祉法に基づく保育園は、その通りの制度的な違いはあるけど。先生の必要免許も違うし。
ただ、この園長先生の強い理念というか信念を見ると、幼保一元化を進めるのであれば保育園を幼稚園に会わせる方法で進めて欲しいと思う物だ。
そしてこの園長先生、ビジネスマン的な視点で見てもう一つすごいのは、比喩的に言うならば、園児という製品を地区の小学校に供給するサプライヤーの立場にありながら、その製品の高さで買い手側のサポート・サービスを自然と引き出そうとしている点だ。
例えば、運動会や音楽会には必ず区議会議員の先生方や周囲の学区の校長先生を来賓として招き、その場のスピーチややりとりをマイクを握って完全に仕切る。
親から見ていると、区の教育方針において最も大事なスタート地点を責任を持って担当している園長先生が、その方針の確かさを制度に責任を持つ区議会議員の言質を取りながら、さらに次のステップとして引き受けることとなる複数の小学校の校長がどのようにバトンタッチしていくかを見て品定めできるという機会が、毎年複数回ある訳だ。
実際に評判の良い小学校は校長先生もしっかりしているし、ここ数年で成績が落ちている小学校は層ではないと感じることが多い。
学校教育という特殊なエリアにおいても、組織はトップの器以上にはなれないというのは当てはまるのかもしれない(by 野村の教え)。
そんな超個性的な園長先生のコントロールの行き届いた(笑)幼稚園でしっかりと学んだちび太は、少しずつしっかりとたくましく成長しているように思う。
子供の成長に合わせて、親も成長せねば。
Effective Team Management [仕事]
昨日のエントリーでも書いたとおり、最近の仕事上の悩みは、如何に効果的なチームマネジメントを実施いていくかという点。
企画系業務である以上、レポート作成系のルーチンワークもそれなりにあるが、それに加えてプロジェクトを進めていく中で突発的に起きる異例ケースの取り回しや、急に刺さり込んでくる経営会議、本国対応業務などを如何にチーム内で業務バランスよく裁いていくかというのが難しい。
何か良い方法はないか探しているのは、大別すると以下の3つ:
1.ミーティングの設定方法
2.チームメンバーごとの業務進捗管理
3.メンバー個人の業務スキルアップ
まず、1.ミーティングの設定方法については、全員を集めたチームミーティングと、メンバーそれぞれとのone-on-oneミーティングをどの程度の頻度で何を主目的として開催するかという点。
いわゆる"戦略系何でも屋"である企画Gというチームの性質上、それぞれの業務や現在進行中プロジェクトの内容はかなり異なっており、それぞれの進捗状況を全員で確認するという作業によって得られる実質的な付加価値は少ない。
一方で、各チームメンバーのタスクに落とし込んでいる業務が大きな流れでは今年度、そして中朝的にどのような経営課題に繋がっているのかという、視座を高く引き上げる場も必要。
でないと仕事が目の間の業務処理になってしまう。
とりあえず今は週に1回のチームミーティングと、各チームメンバーとの週に1回のone-on-oneを実施しているが、次に課題となるのはこのone-on-oneのミーティングの中身でもある、2.チームメンバーごと業務進捗管理。
以前読んだ日経BPのコラムで、部下には定量表現された行動計画を100%やりきる「十割部下」と常にソコソコやっているが99%以下で終える「八割部下」(もちろん五割部下や二割部下もいるだろうが)がいて、十割部下には会議は必要ないが、八割部下には目標を確実にロックして確実にやりきる習慣をつけさせることが大切と謳われていたが、その通りだと思う。
自分自身も上司の部下としてそうありたいし、そのために絶対に必要となるのが仕事のタスク管理化。
「デッドラインから逆算した今日の過ごし方」が自然とできるように身につくまでは、一緒に各自の業務をタスクに分解し、それぞれに掛けるべき時間・労力を常に見定めるスケジュール管理をサポートしてあげなければならない。
相対的に付加価値の低い業務にはある程度の手離れの良さを、逆に付加価値の高いもしくは難易度の高い業務は十分な準備期間と仮説検証を3往復位できるようなスケジュール管理をするなど、こういったコツを体感的に身につけることが重要だ。
そこでマネージャーとして悩ましいのは、各チームメンバーの上記のような業務管理をどのようなツールで一元的に管理していくかということ。
手帳に都度メモったり、各チームメンバーにone-on-oneの前にタスクトラッカー的な進捗管理表を毎回アップデートさせるのも良いのだが、もっとうまくシステマチックに把握できないものかと悩む。
会社のセキュリティポリシーを考えると、あまりフリーソフトやクラウドツールを推奨することもできず、結局は今はノートパッドに書き込んでの紙の管理になってしまっている。
何かオススメの方法があれば、是非教えてください。
そして最後に、チームメンバー個人のスキルアップサポート。
例えば何かの事案を急遽経営会議に諮らなければならないとなった場合に辿るべきプロセスと必要なスキルセットは、ざっくり以下の通り。
・何をどのように見せて、どういった意志決定を諮るべきか-->戦略的思考
・どのためにどのような論理構成・仮説検証が必要か-->ロジカルシンキング・仮説思考
・その仮説を検証するためにどのような情報・データ分析が必要か-->データ分析・フレームワーク
・分析した情報・データをどのようにビジュアル化するか-->事象の構造化・図解の技術
・そのビジュアルを如何にして資料に落とし込むか-->パワーポイントスキル
本当は上から下に色々教え伝えて行きたいのだが、業務の切羽詰まり感はむしろ下から上。
そして個人の興味も下から上にスキルアップしていく中で、次第に上からの下への重要性と全体像としての大きな流れを徐々に把握していくことになるのだろう。自分もそうだったし。
そして上に行けば行くほど、実は業務をこなすことで身につく処理能力では限界突破ができなくなり、他業界の人と接する、洗練された戦略論・経営論に触れる(=本を読む)、プライベートを充実させるといった仕事外での活動が大切になってくるのだ。
自分自身もまだまだ道半ばではあるが、色々と試行錯誤しながら効果的なチームマネジメントを体現していきたい。
何か参考になる事例があれば、是非とも皆様からのアドバイスをお待ちしております。
企画系業務である以上、レポート作成系のルーチンワークもそれなりにあるが、それに加えてプロジェクトを進めていく中で突発的に起きる異例ケースの取り回しや、急に刺さり込んでくる経営会議、本国対応業務などを如何にチーム内で業務バランスよく裁いていくかというのが難しい。
何か良い方法はないか探しているのは、大別すると以下の3つ:
1.ミーティングの設定方法
2.チームメンバーごとの業務進捗管理
3.メンバー個人の業務スキルアップ
まず、1.ミーティングの設定方法については、全員を集めたチームミーティングと、メンバーそれぞれとのone-on-oneミーティングをどの程度の頻度で何を主目的として開催するかという点。
いわゆる"戦略系何でも屋"である企画Gというチームの性質上、それぞれの業務や現在進行中プロジェクトの内容はかなり異なっており、それぞれの進捗状況を全員で確認するという作業によって得られる実質的な付加価値は少ない。
一方で、各チームメンバーのタスクに落とし込んでいる業務が大きな流れでは今年度、そして中朝的にどのような経営課題に繋がっているのかという、視座を高く引き上げる場も必要。
でないと仕事が目の間の業務処理になってしまう。
とりあえず今は週に1回のチームミーティングと、各チームメンバーとの週に1回のone-on-oneを実施しているが、次に課題となるのはこのone-on-oneのミーティングの中身でもある、2.チームメンバーごと業務進捗管理。
以前読んだ日経BPのコラムで、部下には定量表現された行動計画を100%やりきる「十割部下」と常にソコソコやっているが99%以下で終える「八割部下」(もちろん五割部下や二割部下もいるだろうが)がいて、十割部下には会議は必要ないが、八割部下には目標を確実にロックして確実にやりきる習慣をつけさせることが大切と謳われていたが、その通りだと思う。
自分自身も上司の部下としてそうありたいし、そのために絶対に必要となるのが仕事のタスク管理化。
「デッドラインから逆算した今日の過ごし方」が自然とできるように身につくまでは、一緒に各自の業務をタスクに分解し、それぞれに掛けるべき時間・労力を常に見定めるスケジュール管理をサポートしてあげなければならない。
相対的に付加価値の低い業務にはある程度の手離れの良さを、逆に付加価値の高いもしくは難易度の高い業務は十分な準備期間と仮説検証を3往復位できるようなスケジュール管理をするなど、こういったコツを体感的に身につけることが重要だ。
そこでマネージャーとして悩ましいのは、各チームメンバーの上記のような業務管理をどのようなツールで一元的に管理していくかということ。
手帳に都度メモったり、各チームメンバーにone-on-oneの前にタスクトラッカー的な進捗管理表を毎回アップデートさせるのも良いのだが、もっとうまくシステマチックに把握できないものかと悩む。
会社のセキュリティポリシーを考えると、あまりフリーソフトやクラウドツールを推奨することもできず、結局は今はノートパッドに書き込んでの紙の管理になってしまっている。
何かオススメの方法があれば、是非教えてください。
そして最後に、チームメンバー個人のスキルアップサポート。
例えば何かの事案を急遽経営会議に諮らなければならないとなった場合に辿るべきプロセスと必要なスキルセットは、ざっくり以下の通り。
・何をどのように見せて、どういった意志決定を諮るべきか-->戦略的思考
・どのためにどのような論理構成・仮説検証が必要か-->ロジカルシンキング・仮説思考
・その仮説を検証するためにどのような情報・データ分析が必要か-->データ分析・フレームワーク
・分析した情報・データをどのようにビジュアル化するか-->事象の構造化・図解の技術
・そのビジュアルを如何にして資料に落とし込むか-->パワーポイントスキル
本当は上から下に色々教え伝えて行きたいのだが、業務の切羽詰まり感はむしろ下から上。
そして個人の興味も下から上にスキルアップしていく中で、次第に上からの下への重要性と全体像としての大きな流れを徐々に把握していくことになるのだろう。自分もそうだったし。
そして上に行けば行くほど、実は業務をこなすことで身につく処理能力では限界突破ができなくなり、他業界の人と接する、洗練された戦略論・経営論に触れる(=本を読む)、プライベートを充実させるといった仕事外での活動が大切になってくるのだ。
自分自身もまだまだ道半ばではあるが、色々と試行錯誤しながら効果的なチームマネジメントを体現していきたい。
何か参考になる事例があれば、是非とも皆様からのアドバイスをお待ちしております。
Moving forward [仕事]
最近なんだか惰性で生きてる感と日々の仕事での自己実現の狭間で生きてる気がする。
より具体的に言うと、管理職としての自分の業務や立場が明確に認識できてチームの業務整理も体系的にできてきており、今までなかった部署を立ち上げて1年4ヶ月、付加価値のある仕事が自分をある程度介さなくとも回っていく環境を何とか構築できたというプラスの面もある一方で、本当はもっとこれまでと違う仕事をしたいのに現業をクオリティを他部署と比べて相対的に何とか上げながら回していくことで業務時間のほとんど全てを使ってしまっている状況がある。
まだまだ自分自身がより高い次元へステップアップしなければならないという焦りと、マネージャーとしてチームメンバーのスキルアップをしっかりと指導していかなければならないという思いの間で悩むことも多い。
元々演繹法的な意志決定が苦手(というか、あまり好きではない)ということもあって、部下の指導についても一方的な決めつけありきの指導はせず、誰が聞いてもそれしかないというレベルまで情報収集や論理構築をした上で方針決定する傾向にあり、いくら時間が合っても足りない感じ。
チームメンバーの今後のキャリアアップに何とか貢献してあげたい気持ちが真摯にある一方で、○○のチームはさすがだなと思われたい下心も正直あって、その間の手離れの良さを如何に見定めるかに思い悩む日々。
でも、日々こういう悩みを抱えながら過ごせるというのはずっと希望してきたことでもあり、そういう環境を与えてくれた周りの人々には本当に感謝一言。
それを何とか結果、成果に繋げていきたい今日この頃。
より具体的に言うと、管理職としての自分の業務や立場が明確に認識できてチームの業務整理も体系的にできてきており、今までなかった部署を立ち上げて1年4ヶ月、付加価値のある仕事が自分をある程度介さなくとも回っていく環境を何とか構築できたというプラスの面もある一方で、本当はもっとこれまでと違う仕事をしたいのに現業をクオリティを他部署と比べて相対的に何とか上げながら回していくことで業務時間のほとんど全てを使ってしまっている状況がある。
まだまだ自分自身がより高い次元へステップアップしなければならないという焦りと、マネージャーとしてチームメンバーのスキルアップをしっかりと指導していかなければならないという思いの間で悩むことも多い。
元々演繹法的な意志決定が苦手(というか、あまり好きではない)ということもあって、部下の指導についても一方的な決めつけありきの指導はせず、誰が聞いてもそれしかないというレベルまで情報収集や論理構築をした上で方針決定する傾向にあり、いくら時間が合っても足りない感じ。
チームメンバーの今後のキャリアアップに何とか貢献してあげたい気持ちが真摯にある一方で、○○のチームはさすがだなと思われたい下心も正直あって、その間の手離れの良さを如何に見定めるかに思い悩む日々。
でも、日々こういう悩みを抱えながら過ごせるというのはずっと希望してきたことでもあり、そういう環境を与えてくれた周りの人々には本当に感謝一言。
それを何とか結果、成果に繋げていきたい今日この頃。
2011~2012年冬休み家族旅行@ソウル(4~5日目) [旅行]
この日は前日夜にソウル入りした義父母と妻の妹とその娘(3歳)と、フルメンバー揃っての外出。
最初のランチに選んだのは、初日たまたま見つけて感動した東大門市場の近くにあるタッカンマリのお店。
韓国では旧正月重視のため日本ほどのお正月ムードではなかったのだが、それでもお店が開いているか分からない中でとりあえず行ってみると、営業していた(嬉)


いや~、ホント美味しいわこれ。
近いうちに家で作ってみたい。
その後は一度ホテルに戻って、各自しばし解散し、僕はとある場所へ一人で向かった。
途中にある南大門は2008年の放火事件で全焼してしまい、再建に向けた工事中だった。

向かった先というのは、仁寺洞の近くにある日本大使館。
ちょうど先日、従軍慰安婦を象徴する銅像が建てられたのを実際に見てみたいと思ったからだ。
到着してみると、確かに銅像は日本大使館の目の前にあり、大使館前には物々しい警備がひかれ、銅像の横にも警官が一人立っている。

周囲にそれほど人影はなく、時折韓国人が立ち止まって写真を撮っている。

その銅像の横に立ちながらしばらく思い巡らせていたが、日本と韓国の将来には何の利益も生まないものだと肌で感じた。
戦争時の時代背景やそれぞれの国家の戦争に踏み切ったその経緯、そしてその結果として起きた戦争の悲惨さは世代を超えて共有し続けなければならないと思うが、その戦時中に起きた人道的な問題を、その個別事情だけを取り上げて現代に持ち込むというアプローチは全く賛同できない。
そこから得られる未来志向型の関係構築がないからだ。
僕自身は従軍慰安婦問題が実際にあったかなかったかという議論はするつもりもない。
ただ、少なくとも今回ソウルを訪れてみて、個人レベルでの韓国人の親切さにも触れられたし、食文化も大いに楽しめた。
それは来る前に漠然と抱いていた韓国への嫌悪感を覆すに十分な良い意味でのカルチャーショックだったのだが、折角そういった関係を足元では築けそうな状況にあるにもかかわらず、その根底にある国家としての嫌悪感を情宣することに何の意味があるのだろうか。
一方で、ソウルに来てみて、未開発のエリアを多く残しながら急速に都心部が開発されて来ているというギャップを肌で感じた。
先に経済大国となった日本のように、言わば急速に日本化が進む中で、自分たちのアイデンティティのよりどころとして過去に受けた苦しみを思い出すことで失われていく価値観をつなぎ止めようとする重いが具現化したものなのかもしれない。
でも、この通りを歩く韓国人の親子は、これからも子供にこの像と日本との関係を語り継ぐのだろうか。
その結果その子供の未来にどのような幸せがあるのだろうか・・・。
少し気分は落ち込んだが、そんな時には美味しいものを食べるに限る(笑)
この日の夕飯はプロスポーツ選手や芸能人も多く訪れるという、ケジャンの有名店、プロカンジャンケジャンへ。

まずはケジャンの前にイイダコのお造りを。
これが皿の上でもまだ動いていて、食べようとしても口の中で吸い付いてくる。
でも味は単に生のたこにごま油をかけたというシンプルなもの。
そしてメインのカンジャンケジャン(ワタリガニの醤油漬け)。

カニの身はトロ~ッと熟成されており、味噌は濃厚で旨い。
カニの甲羅にご飯を入れて、残ったカニ味噌と混ぜながら食べるのが通らしいのだが、確かにうまかった。
別メニューで頼んだカニの内子のビビンパもうまみが濃縮されていて絶品だった。
結局最後までほぼグルメツアーとなった初のソウル旅行だったが、やっぱりその土地その国には行ってみないと分からないというのを改めて感じることができた。

・・・あ~、タッカンマリ食べたい(笑)
最初のランチに選んだのは、初日たまたま見つけて感動した東大門市場の近くにあるタッカンマリのお店。
韓国では旧正月重視のため日本ほどのお正月ムードではなかったのだが、それでもお店が開いているか分からない中でとりあえず行ってみると、営業していた(嬉)
いや~、ホント美味しいわこれ。
近いうちに家で作ってみたい。
その後は一度ホテルに戻って、各自しばし解散し、僕はとある場所へ一人で向かった。
途中にある南大門は2008年の放火事件で全焼してしまい、再建に向けた工事中だった。
向かった先というのは、仁寺洞の近くにある日本大使館。
ちょうど先日、従軍慰安婦を象徴する銅像が建てられたのを実際に見てみたいと思ったからだ。
到着してみると、確かに銅像は日本大使館の目の前にあり、大使館前には物々しい警備がひかれ、銅像の横にも警官が一人立っている。
周囲にそれほど人影はなく、時折韓国人が立ち止まって写真を撮っている。
その銅像の横に立ちながらしばらく思い巡らせていたが、日本と韓国の将来には何の利益も生まないものだと肌で感じた。
戦争時の時代背景やそれぞれの国家の戦争に踏み切ったその経緯、そしてその結果として起きた戦争の悲惨さは世代を超えて共有し続けなければならないと思うが、その戦時中に起きた人道的な問題を、その個別事情だけを取り上げて現代に持ち込むというアプローチは全く賛同できない。
そこから得られる未来志向型の関係構築がないからだ。
僕自身は従軍慰安婦問題が実際にあったかなかったかという議論はするつもりもない。
ただ、少なくとも今回ソウルを訪れてみて、個人レベルでの韓国人の親切さにも触れられたし、食文化も大いに楽しめた。
それは来る前に漠然と抱いていた韓国への嫌悪感を覆すに十分な良い意味でのカルチャーショックだったのだが、折角そういった関係を足元では築けそうな状況にあるにもかかわらず、その根底にある国家としての嫌悪感を情宣することに何の意味があるのだろうか。
一方で、ソウルに来てみて、未開発のエリアを多く残しながら急速に都心部が開発されて来ているというギャップを肌で感じた。
先に経済大国となった日本のように、言わば急速に日本化が進む中で、自分たちのアイデンティティのよりどころとして過去に受けた苦しみを思い出すことで失われていく価値観をつなぎ止めようとする重いが具現化したものなのかもしれない。
でも、この通りを歩く韓国人の親子は、これからも子供にこの像と日本との関係を語り継ぐのだろうか。
その結果その子供の未来にどのような幸せがあるのだろうか・・・。
少し気分は落ち込んだが、そんな時には美味しいものを食べるに限る(笑)
この日の夕飯はプロスポーツ選手や芸能人も多く訪れるという、ケジャンの有名店、プロカンジャンケジャンへ。
まずはケジャンの前にイイダコのお造りを。
これが皿の上でもまだ動いていて、食べようとしても口の中で吸い付いてくる。
でも味は単に生のたこにごま油をかけたというシンプルなもの。
そしてメインのカンジャンケジャン(ワタリガニの醤油漬け)。
カニの身はトロ~ッと熟成されており、味噌は濃厚で旨い。
カニの甲羅にご飯を入れて、残ったカニ味噌と混ぜながら食べるのが通らしいのだが、確かにうまかった。
別メニューで頼んだカニの内子のビビンパもうまみが濃縮されていて絶品だった。
結局最後までほぼグルメツアーとなった初のソウル旅行だったが、やっぱりその土地その国には行ってみないと分からないというのを改めて感じることができた。
・・・あ~、タッカンマリ食べたい(笑)
2011~2012年冬休み家族旅行@ソウル(3日目) [旅行]
完全にグルメツアーと化したソウル旅行、3日目。

効き過ぎのオンドル(床暖房)で体中が熱っぽいまま起きて外に出てみると、今度は極寒の外気。
滞在中は街全体が常にガスが掛かったような感じで日中も太陽が曇りガラスの向こうのように見えて温度も余り上がることがなかったな。
さて、朝飯は昨夜ネットで調べたスンドゥブチゲの老舗、チョンウォンスントゥブへ。
明洞にあるホテルからは歩いて20分くらいだったかな。

画像で見ると真っ赤っかでいかにも辛そうだが、実際はそんなに辛くない。
アサリの出汁とおぼろ豆腐が相まって、ご飯が進む逸品。
店のおばさんからはチビ達が持っているキーホルダー型のがま口を見て「これどこで買ったの?日本?いいわね、これ!」と絶賛。
いや、昨日仁寺洞を散歩している時に露店で買ったんですけど。
韓国の食事の特徴は、この小皿の多さ。
食事する方としては色々つまめてうれしいかぎりなのだが、作る方(洗う方?)は大変だな。

ちなみにこの旅行の直前にチビコンビが通う幼稚園の韓国人家族の家にランチを呼ばれたのだが、ご主人曰く日本に来てうどん屋に入って注文したら、うどんだけが丼で単品で出てきてびっくりしたそうだ。
地理的には近くとも、国が違えば食文化も全然違ってくるのがおもしろい。
食後は余りに寒いのでちょっと屋内へ退避しようということで、国立中央博物館へ。

想像以上に大きな建物で、何でも世界で6番目に大きな国立博物館だそうだ。
中は3階建てで、新羅・高句麗・百済の三国時代の国宝級の品々が展示されている。
中でも新羅金冠と百済金銅大香炉は見応えがあったが、この博物館における最も重要な展示品は半跏思惟像。
弥勒菩薩半跏思惟像というと京都の広隆寺のものがよく知られているが、ここソウル国立中央博物館のものも何とも言えないアンニュイな雰囲気を醸し出していた(仏像には全く明るくないのでこれ以上の表現はしようがないのだが・・・)。
でも仏像では個人的には京都の永観堂の見返り阿弥陀が一番好きだな。
さて、国立博物館をたっぷり堪能した後は、南大門(ナンデムン)の市場巡り。
これがまた昨日の東大門市場の数倍広くて、しかも大盛況。
ホットック(甘い韓国風パンケーキ?)を買い食いしながら、散歩するだけで十分楽しい。


途中小汚いけどたまらなく旨そうな豚足専門店に入ってみると、2階に案内され、これがものすごい天井の低さ。

肝心の豚足はどでかい足一本丸々出て美味しかったのだが、韓国の豚足は置き網の塩辛や辛めの味噌をつけて食べるスタイルだったのが残念。
豚足は甘く醤油で煮付けた方が好きだな。
その後は新世界デパートへ。

中心街のデパートなどを見る限りでは、もう日本と余り大きな差は見られない。
ここではデパ地下で、先ほど豚足が苦手でほとんど食事できなかったちび太の腹ごなしをサポート。
義理の父母と義理の妹とその娘と合流した4日目へと続く。
効き過ぎのオンドル(床暖房)で体中が熱っぽいまま起きて外に出てみると、今度は極寒の外気。
滞在中は街全体が常にガスが掛かったような感じで日中も太陽が曇りガラスの向こうのように見えて温度も余り上がることがなかったな。
さて、朝飯は昨夜ネットで調べたスンドゥブチゲの老舗、チョンウォンスントゥブへ。
明洞にあるホテルからは歩いて20分くらいだったかな。
画像で見ると真っ赤っかでいかにも辛そうだが、実際はそんなに辛くない。
アサリの出汁とおぼろ豆腐が相まって、ご飯が進む逸品。
店のおばさんからはチビ達が持っているキーホルダー型のがま口を見て「これどこで買ったの?日本?いいわね、これ!」と絶賛。
いや、昨日仁寺洞を散歩している時に露店で買ったんですけど。
韓国の食事の特徴は、この小皿の多さ。
食事する方としては色々つまめてうれしいかぎりなのだが、作る方(洗う方?)は大変だな。
ちなみにこの旅行の直前にチビコンビが通う幼稚園の韓国人家族の家にランチを呼ばれたのだが、ご主人曰く日本に来てうどん屋に入って注文したら、うどんだけが丼で単品で出てきてびっくりしたそうだ。
地理的には近くとも、国が違えば食文化も全然違ってくるのがおもしろい。
食後は余りに寒いのでちょっと屋内へ退避しようということで、国立中央博物館へ。
想像以上に大きな建物で、何でも世界で6番目に大きな国立博物館だそうだ。
中は3階建てで、新羅・高句麗・百済の三国時代の国宝級の品々が展示されている。
中でも新羅金冠と百済金銅大香炉は見応えがあったが、この博物館における最も重要な展示品は半跏思惟像。
弥勒菩薩半跏思惟像というと京都の広隆寺のものがよく知られているが、ここソウル国立中央博物館のものも何とも言えないアンニュイな雰囲気を醸し出していた(仏像には全く明るくないのでこれ以上の表現はしようがないのだが・・・)。
でも仏像では個人的には京都の永観堂の見返り阿弥陀が一番好きだな。
さて、国立博物館をたっぷり堪能した後は、南大門(ナンデムン)の市場巡り。
これがまた昨日の東大門市場の数倍広くて、しかも大盛況。
ホットック(甘い韓国風パンケーキ?)を買い食いしながら、散歩するだけで十分楽しい。
途中小汚いけどたまらなく旨そうな豚足専門店に入ってみると、2階に案内され、これがものすごい天井の低さ。
肝心の豚足はどでかい足一本丸々出て美味しかったのだが、韓国の豚足は置き網の塩辛や辛めの味噌をつけて食べるスタイルだったのが残念。
豚足は甘く醤油で煮付けた方が好きだな。
その後は新世界デパートへ。
中心街のデパートなどを見る限りでは、もう日本と余り大きな差は見られない。
ここではデパ地下で、先ほど豚足が苦手でほとんど食事できなかったちび太の腹ごなしをサポート。
義理の父母と義理の妹とその娘と合流した4日目へと続く。
2011~2012年冬休み家族旅行@ソウル(1~2日目) [旅行]
2011年の年末年始は、ここに来て情勢が急に不安定化してきた韓国で初の海外年越しをすることに。
事の発端は義理の父親が家族で(というより孫達と)旅行したいと思い立ち、そこに非常に実行力のある義理の母親が即決で旅行を手配し、特段プランニングに参加するまでもなく決まってしまった。
とは言え、そんないきさつもなければ韓国へ行くなどという選択肢はなかなかないので、本当感謝してます。
スケジュールとしては我が家4人が2日ほど早めにソウル入りし、後ほど義理の父母と妻の妹とその娘(3歳)と現地で合流することに。
羽田空港から空路2時間であっさり着いた、人生初韓国は・・・むちゃくちゃ寒かった。

それでも一週間前と比べると随分ましだったそうだが、最低気温は大体マイナス5~10度といった感じ。
飛行機が金浦国際空港についたのは既に夜10時を回っていたので、夜の底冷えする寒さが身にしみた。
コートにマフラー、手袋をしていてもその上から冷気がしみこんでくる感じ、カナダ旅行以来かも。
意外だったのは町中にある日本のコンビニ。

ファミリーマートとセブンイレブンはかなり進出しており、店舗内も日本のそれと大差ない。
企業の国際進出という点では大したモンだと思うが、街の景観の同質化という点では賛同しかねるな。
ホテルは明洞(ミョンドン)という渋谷のセンター街のような繁華街のど真ん中の雑居ビル7階にある民宿(?)で、韓国好きの義理の母がよく利用するホテルらしい。
最初入り口が雑居ビル過ぎて分からなかったが、中に入ってみるとオンドル(床暖房)のきいた正方形のワンルームホテルで、久しぶりに布団で寝ることに。
その日はお店もほぼ閉まりきっていたので、ホテル前の屋台でトッポギを買ってビールのおつまみに食べてみたが・・・これが異様に激辛。しばらく寝れなくなってしまった。
2日目は、海外の地下鉄フェチ(?)の我が家としては早速ソウルの地下鉄を利用。
外国なのに券売機の選択肢に日本語があるのに違和感があるが、最初日本語で調べてみても切符の買い方がよく分からない。

結局近くにいた韓国人に教えてもらって買ったのがこのプラスチックのカード型切符。

最初は「え、これが切符?」と訳が分からなかったが、この切符は到着した駅の改札の外にある機械に通せば保証金500ウォンが払い戻される仕組みになっている。
ちなみに500ウォンは日本円で35円程度なのだが、この為替感覚がヨーロッパのユーロよりも慣れるまで難しい。
滞在時の両替レートが大体1万円=147,000~148,000ウォンくらいだったので、ウォンを円換算するためには100で割って7倍するといった感じ。
コンビニやレストランでも普通に数万ウォンになるので、慣れるまでどれくらい高いのかがさっぱり分からない。
でも、物価のうちとくにタクシー代と外食費は日本の半分~3分の一といった感じで、非常にリーズナブルだった。
そして何より、食事が美味しい。
例えば2日目のお昼に行ってみた東大門(トンデムン)のそばの裏路地で何気なく入ったお店。

お店に入って席が決まるなり、コートを脱ぐ前に既に鍋が目の前のガスコンロに登場。

鍋には鶏が丸々一羽入っていたのだが、店のおばさんが慣れた手つきでその鶏肉をばしばしはさみでぶった切っていく。
食べてみて知ったが、これはタッカンマリという韓国料理らしい。
で、後は付け合わせのトッポギを入れて煮えてきたら専用のつけだれにつけて食べるのだが・・・


これがハッキリ言って激うま。
「え、何これ!?」と家族で顔を見合わせるほど鶏肉とつけだれが旨い。
ちなみにつけだれはテーブルの上に置いてある唐辛子味噌、マスタード、韓国醤油(?)、酢にニラとニンニクを入れて自分で作る。
そしてまた鶏肉を食べ終えた後のうどんのうまさといったら。
洗面器みたいな鍋でスープを継ぎ足しながらガンガン煮詰めるように煮込んでいくので、鶏の出汁を限界まで引き出すような、濃厚そのものの鶏スープができるので、まずいわけがない。
家族四人たらふく食べてビールも飲んで、日本円換算2,000円強。安っ。
そのまま東大門市場に入ると、そこはもうまさに"ザ・アジア"な屋台の世界。


日本ではまず見られない光景で、活気の良さとドンキホーテもびっくりな食材の圧縮陳列に圧倒される。
そして市場を抜けると、このあたりはソウル市内にありながらもまだまだ再開発がされていないエリアということもあり、急に戦後の闇市のような通りが続いていたりする。
このあたりも、日本よりもよりアジア的なイメージが強い。
その後は腹ごなしを兼ねて朝鮮王朝の王宮である景福宮(キョンボックン)へ。


入ってみると、かなり広大な敷地に再現された王宮の建物が点在しているのだが、博物館的な展示はそれほど多くなく、敷地内を散歩するといった要素が強い。
そして外は極寒で、足元の砂には氷が張っているところも多い。
体が芯まで冷え切ってしまったので、お茶でも飲もうと今度は賑やかな仁寺洞(インサドン)へ。
韓国の伝統茶を飲んだ後は(柚子茶は美味しかった)、そのまま早めの夕飯へ。
夫婦共に、通りにある適当な飯屋には決して入らないのがポリシーなため、美味しそうな店を見つけようとぐずりはじめたちびコンビをなだめながらあっちこっちへ歩き回る。
かなり奥まった小道に入ると、前から歩いてきた韓国人のおばさんが「何を探してるの?」と片言の日本語で話しかけてきたので、美味しいお店を教えてもらっていざ突入。
韓国ではこういった道行く人から片言の日本語で話しかけられるケースが結構多くて、人と人とのコミュニケーションに関しては日本よりも暖かみを感じることが多かった。
もちろん反日感情はあるだろうし、僕自身も韓国という国は正直好きでは内面もかなりあるのだが、実際に行ってみて何となく肌で感じたのは、「日本は嫌いだけど、日本人や日本の文化は嫌いじゃない」といったような複雑な国民感情。
話を晩飯に戻すと、入ったお店はホルモン焼き専門店。
そして困ったことに日本語は全く通じず、メニューを見てもハングルだけでさっぱり意味不明。
幸い若い女性店員が多少英語ができたため、何とか食べたいものを注文できた。


2日目から生ものは一瞬躊躇したが、ここのレバ刺しは厚切りで美味しかった。
やっぱり旅行に来たら路地裏の地元の店に行くのが楽しい。
既にこの時点で旅の目的は完全にグルメツアーと化していた・・・3日目に続く。
事の発端は義理の父親が家族で(というより孫達と)旅行したいと思い立ち、そこに非常に実行力のある義理の母親が即決で旅行を手配し、特段プランニングに参加するまでもなく決まってしまった。
とは言え、そんないきさつもなければ韓国へ行くなどという選択肢はなかなかないので、本当感謝してます。
スケジュールとしては我が家4人が2日ほど早めにソウル入りし、後ほど義理の父母と妻の妹とその娘(3歳)と現地で合流することに。
羽田空港から空路2時間であっさり着いた、人生初韓国は・・・むちゃくちゃ寒かった。
それでも一週間前と比べると随分ましだったそうだが、最低気温は大体マイナス5~10度といった感じ。
飛行機が金浦国際空港についたのは既に夜10時を回っていたので、夜の底冷えする寒さが身にしみた。
コートにマフラー、手袋をしていてもその上から冷気がしみこんでくる感じ、カナダ旅行以来かも。
意外だったのは町中にある日本のコンビニ。
ファミリーマートとセブンイレブンはかなり進出しており、店舗内も日本のそれと大差ない。
企業の国際進出という点では大したモンだと思うが、街の景観の同質化という点では賛同しかねるな。
ホテルは明洞(ミョンドン)という渋谷のセンター街のような繁華街のど真ん中の雑居ビル7階にある民宿(?)で、韓国好きの義理の母がよく利用するホテルらしい。
最初入り口が雑居ビル過ぎて分からなかったが、中に入ってみるとオンドル(床暖房)のきいた正方形のワンルームホテルで、久しぶりに布団で寝ることに。
その日はお店もほぼ閉まりきっていたので、ホテル前の屋台でトッポギを買ってビールのおつまみに食べてみたが・・・これが異様に激辛。しばらく寝れなくなってしまった。
2日目は、海外の地下鉄フェチ(?)の我が家としては早速ソウルの地下鉄を利用。
外国なのに券売機の選択肢に日本語があるのに違和感があるが、最初日本語で調べてみても切符の買い方がよく分からない。
結局近くにいた韓国人に教えてもらって買ったのがこのプラスチックのカード型切符。
最初は「え、これが切符?」と訳が分からなかったが、この切符は到着した駅の改札の外にある機械に通せば保証金500ウォンが払い戻される仕組みになっている。
ちなみに500ウォンは日本円で35円程度なのだが、この為替感覚がヨーロッパのユーロよりも慣れるまで難しい。
滞在時の両替レートが大体1万円=147,000~148,000ウォンくらいだったので、ウォンを円換算するためには100で割って7倍するといった感じ。
コンビニやレストランでも普通に数万ウォンになるので、慣れるまでどれくらい高いのかがさっぱり分からない。
でも、物価のうちとくにタクシー代と外食費は日本の半分~3分の一といった感じで、非常にリーズナブルだった。
そして何より、食事が美味しい。
例えば2日目のお昼に行ってみた東大門(トンデムン)のそばの裏路地で何気なく入ったお店。
お店に入って席が決まるなり、コートを脱ぐ前に既に鍋が目の前のガスコンロに登場。
鍋には鶏が丸々一羽入っていたのだが、店のおばさんが慣れた手つきでその鶏肉をばしばしはさみでぶった切っていく。
食べてみて知ったが、これはタッカンマリという韓国料理らしい。
で、後は付け合わせのトッポギを入れて煮えてきたら専用のつけだれにつけて食べるのだが・・・
これがハッキリ言って激うま。
「え、何これ!?」と家族で顔を見合わせるほど鶏肉とつけだれが旨い。
ちなみにつけだれはテーブルの上に置いてある唐辛子味噌、マスタード、韓国醤油(?)、酢にニラとニンニクを入れて自分で作る。
そしてまた鶏肉を食べ終えた後のうどんのうまさといったら。
洗面器みたいな鍋でスープを継ぎ足しながらガンガン煮詰めるように煮込んでいくので、鶏の出汁を限界まで引き出すような、濃厚そのものの鶏スープができるので、まずいわけがない。
家族四人たらふく食べてビールも飲んで、日本円換算2,000円強。安っ。
そのまま東大門市場に入ると、そこはもうまさに"ザ・アジア"な屋台の世界。
日本ではまず見られない光景で、活気の良さとドンキホーテもびっくりな食材の圧縮陳列に圧倒される。
そして市場を抜けると、このあたりはソウル市内にありながらもまだまだ再開発がされていないエリアということもあり、急に戦後の闇市のような通りが続いていたりする。
このあたりも、日本よりもよりアジア的なイメージが強い。
その後は腹ごなしを兼ねて朝鮮王朝の王宮である景福宮(キョンボックン)へ。
入ってみると、かなり広大な敷地に再現された王宮の建物が点在しているのだが、博物館的な展示はそれほど多くなく、敷地内を散歩するといった要素が強い。
そして外は極寒で、足元の砂には氷が張っているところも多い。
体が芯まで冷え切ってしまったので、お茶でも飲もうと今度は賑やかな仁寺洞(インサドン)へ。
韓国の伝統茶を飲んだ後は(柚子茶は美味しかった)、そのまま早めの夕飯へ。
夫婦共に、通りにある適当な飯屋には決して入らないのがポリシーなため、美味しそうな店を見つけようとぐずりはじめたちびコンビをなだめながらあっちこっちへ歩き回る。
かなり奥まった小道に入ると、前から歩いてきた韓国人のおばさんが「何を探してるの?」と片言の日本語で話しかけてきたので、美味しいお店を教えてもらっていざ突入。
韓国ではこういった道行く人から片言の日本語で話しかけられるケースが結構多くて、人と人とのコミュニケーションに関しては日本よりも暖かみを感じることが多かった。
もちろん反日感情はあるだろうし、僕自身も韓国という国は正直好きでは内面もかなりあるのだが、実際に行ってみて何となく肌で感じたのは、「日本は嫌いだけど、日本人や日本の文化は嫌いじゃない」といったような複雑な国民感情。
話を晩飯に戻すと、入ったお店はホルモン焼き専門店。
そして困ったことに日本語は全く通じず、メニューを見てもハングルだけでさっぱり意味不明。
幸い若い女性店員が多少英語ができたため、何とか食べたいものを注文できた。
2日目から生ものは一瞬躊躇したが、ここのレバ刺しは厚切りで美味しかった。
やっぱり旅行に来たら路地裏の地元の店に行くのが楽しい。
既にこの時点で旅の目的は完全にグルメツアーと化していた・・・3日目に続く。
技師道 [雑談]
久々に読後感でも。
最近読んだ中で印象的だったのは、小説では百田尚樹の『永遠の0』。
フィクションだと分かっていても、情景描写と展開のうまさに引き込まれるように読み進めてしまうし、ある意味ではノンフィクションだとも言えるだけに実際にあったこととして心に深く突き刺さる。
小説兼ビジネス実用書といった感じなのが、西堀栄三郎の『技師道十五ヶ条』。

先日アマゾンで本を購入した際に西堀栄三郎の本を何冊か購入したのだが、この方を知ったのはNHKのプロジェクトXの南極越冬隊の回。
1957年の第一次南極観察越冬隊長として日本初の越冬隊を指揮し、プロジェクトXでは当時のチームメンバー(放送当時既に70歳以上になっておられたが)が西堀隊長を思い出して号泣するという場面を目にし、一体どんな素晴らしいリーダーなのかと興味を持ったことがきっかけ。
本人も著書の中で語っているが、登山家にして発明家、技術者にして啓蒙者、研究者に教育者といくつもの顔を持ち、「専門を持たないことが専門です」というキャリアを積まれた西堀さんの言葉は、全ては技術者としての物作りの精神に根ざしている。
戦後間もない頃から品質管理の真理を追究し、作業の標準化→改善→新たな技術の開発という"プロセス"を定義づけ、そのプロセスの実現のためには実際に作業を行う人達のヒューマンマネジメントを考慮した組織運営が必要で、その組織を前に進めるためにはビジョンを伴ったリーダーシップが必要であると説いたその先見の明と普遍的な言葉の数々は、2012年を生きるビジネスマンにとっても非常に参考になる。
実際、彼の言葉の一説はまさに直前に読んだ『戦略脳を鍛える』の中にも引用されている。
曰く、ヒマラヤ登頂チームを組織する際に全国から集めたチームにはエース級の登山家が名を連ねていたのだが、千両役者ばかりだと天狗の鼻が邪魔になって、俺も俺もとみんなが頂上に登りたがり、収拾が付かなくなってしまうために全員断ってしまったのだそうだ。
そして今度は、「高所の山登りの経験があり、協調精神の強い人」という条件をつけて募集し直し、隊を編成したとのこと。
西堀氏曰く、これからの組織運営は人から仕事をやらされている、人に仕事をやらせていると考えるのではなく、「自分からやっている」という自主主義の下に、「みんなで共同の目的を果たそう」というチームワークの概念で捉えなければならないと思っている・・・これには共感するコトしきり。
年明けからは自分のチームに色々と変化があるが、金融業ながらも西堀氏の技師道に思いを馳せながらチームマネジメントしていこう。
ま、今からいうと鬼に笑われるけど。
最近読んだ中で印象的だったのは、小説では百田尚樹の『永遠の0』。
フィクションだと分かっていても、情景描写と展開のうまさに引き込まれるように読み進めてしまうし、ある意味ではノンフィクションだとも言えるだけに実際にあったこととして心に深く突き刺さる。
小説兼ビジネス実用書といった感じなのが、西堀栄三郎の『技師道十五ヶ条』。

技士道 十五ヶ条 ものづくりを極める術 (朝日文庫 に 9-1)
- 作者: 西堀 榮三郎
- 出版社/メーカー: 朝日新聞社
- 発売日: 2008/01/11
- メディア: 文庫
先日アマゾンで本を購入した際に西堀栄三郎の本を何冊か購入したのだが、この方を知ったのはNHKのプロジェクトXの南極越冬隊の回。
1957年の第一次南極観察越冬隊長として日本初の越冬隊を指揮し、プロジェクトXでは当時のチームメンバー(放送当時既に70歳以上になっておられたが)が西堀隊長を思い出して号泣するという場面を目にし、一体どんな素晴らしいリーダーなのかと興味を持ったことがきっかけ。
本人も著書の中で語っているが、登山家にして発明家、技術者にして啓蒙者、研究者に教育者といくつもの顔を持ち、「専門を持たないことが専門です」というキャリアを積まれた西堀さんの言葉は、全ては技術者としての物作りの精神に根ざしている。
戦後間もない頃から品質管理の真理を追究し、作業の標準化→改善→新たな技術の開発という"プロセス"を定義づけ、そのプロセスの実現のためには実際に作業を行う人達のヒューマンマネジメントを考慮した組織運営が必要で、その組織を前に進めるためにはビジョンを伴ったリーダーシップが必要であると説いたその先見の明と普遍的な言葉の数々は、2012年を生きるビジネスマンにとっても非常に参考になる。
実際、彼の言葉の一説はまさに直前に読んだ『戦略脳を鍛える』の中にも引用されている。
曰く、ヒマラヤ登頂チームを組織する際に全国から集めたチームにはエース級の登山家が名を連ねていたのだが、千両役者ばかりだと天狗の鼻が邪魔になって、俺も俺もとみんなが頂上に登りたがり、収拾が付かなくなってしまうために全員断ってしまったのだそうだ。
そして今度は、「高所の山登りの経験があり、協調精神の強い人」という条件をつけて募集し直し、隊を編成したとのこと。
西堀氏曰く、これからの組織運営は人から仕事をやらされている、人に仕事をやらせていると考えるのではなく、「自分からやっている」という自主主義の下に、「みんなで共同の目的を果たそう」というチームワークの概念で捉えなければならないと思っている・・・これには共感するコトしきり。
年明けからは自分のチームに色々と変化があるが、金融業ながらも西堀氏の技師道に思いを馳せながらチームマネジメントしていこう。
ま、今からいうと鬼に笑われるけど。
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