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2015年夏休み家族旅行@四国 その3 [旅行]

夏休みの記憶その3が気付けば年末の更新になってしまった。

さて、高知を離れて夏休み最後に向かったのは、しまなみ海道。

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ランチは伯方の塩を使ったラーメンで食べログ上位だった、ラーメンさんわに。

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その後は大三島北部にある盛海水浴場へ。
素晴らしいビーチなのに人影はほとんどなく、まさに穴場。

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ここで海に入る前にビーチに降りる階段ですべってしまい、肘を強打してしまい、その後長期間痛みが引かずに難儀した。

そして夏期休暇最後の日は、雨の中車を走らせて祖谷のかずら橋へ。

途中でボソボソとした祖谷そばを食べ・・・

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吉野川を上流に向けて車を走らせ・・・

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かずら橋へ到着。
チビ太とチビ子も怖がりながら、何とか渡りきった。

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そして楽しかった夏休みも終わり、東京へフライトバック。
次回はこれまであまり探索できていない徳島を訪れてみたい。

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2015年夏休み家族旅行@四国 その2 [旅行]

前回からの続き。

8/13(木)は、入院している四国じいじをお見舞いに行った後、四国帰省の恒例となっている一の宮海岸へ。

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ここでいつもどうしても捕まえないと気が済まないのが、キンセンガ二。

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潮が引いた水たまりの残る砂浜で、よく見ると小さなわき水が湧くような水と砂の動きが見えたら、その下に潜っていることが多い。
一気に手のひらで砂ごとすくってみると、はさみ以外の全ての足がヒレになっていてそれをパタパタさせながらもがくキンセンガニが取れる。
形は丸くころんとしていて、砂浜で取れる生き物にしては大きめのサイズで、捕獲したときの満足感は高い(笑)
なお、ネットで見ると食べる地域もあるとのことで、持ち帰って味噌汁にしてみようと茹でてみたが、泥臭いのととにかく固いのとでとても食べられなかった。

翌日は親戚一同が集まってレオマワールドへ。

その前にこれまた香川に来たら食べずにはいられない、上戸うどんで朝ぶっかけ。
やっぱりここのうどんの麺と出汁のマッチングが一番好きだ。

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はじめて知ったが、レオマって創業社長が「レジャーは、オオニシに、マカセろ」という自分の名前を込めて名付けた名前らしい。
凄い自己主張。しかも一回閉園しているので、任せ切れてもいないし。
しかし、正直ショボいアトラクションと流れるプールだけで一人5,000円近く取るのは、高すぎる。
しかも僕は結局中で電話会議をしていたので、ほぼ楽しめなかった。もう行かないな。

8/15(土)は、再び家族旅行で今度は高知へ。

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まずは桂浜。

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太平洋の雄大さは瀬戸内海とは全く雰囲気が違う。

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昼は市内のひろめ市場で、どろめ&のれそれの稚魚コンボに、わら焼きの鰹のたたきを堪能。

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その後は松山城に続き、天守閣が現存する高知城へ。

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武市半平太や後藤象二郎もここに登城していたのかと思うと、150~160年経った今の世の中の平和さと当時の緊迫感のある世情のあまりのギャップに、どこまで思いを馳せても想像力が追いつかないと同時に、幸せな時代に生きられているということを改めてただただ感謝したい気持ちになる。

そしてその後はもう一度桂浜に戻って、坂本龍馬記念館へ。
ここではチビ太もチビ子も龍馬や勝海舟の物語を1時間半くらい真剣に読んでいた。

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2015年の夏休み旅行もいよいよ終わりに近づいてきた。

その3へ続く。

2015年夏休み家族旅行@四国 その1 [旅行]

もう2ヶ月も経ってしまったけど、2015年の家族旅行の足跡を。

今年は8/10~18と長めの休みを無理矢理取って、母親の住む四国は香川県観音寺市へ。

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到着早々電話会議に参加しなければならなかったので、取りあえず高松空港脇のさぬきこどもの国へ向かい、そこから少し仕事を。
電話会議後はさっそくうどんを食べに、NHKのプロフェッショナル仕事の流儀にも取り上げられた、本格手打ちもり家へ。

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名物のかき揚げはボリュームもあって美味しかったが、麺はもう少しエッジが効いた歯ごたえのあるのが好きかな。

8/11(火)は、昨年行って景観の美しさに感動した、しまなみ海道へ。
愛媛県今治市から広島県尾道市をつなぐ、全長約70㎞のしまなみ海道は、車で走るだけでも素晴らしい景色を堪能できるし、途中の島々に降りればビーチ巡りも出来る。

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尾道では、おしゃれなカフェで少し休憩。

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この日は当初尾道の先の福山市にホテルを取って一泊しようとしていたのだが、尾道が想像していた以上にこぢんまりとしてあまり見るところが少ない街だったので、行き先を急遽松山に変更して、そこで一泊することに。

8/12(水)は小雨の降る中、松山城見学。

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今回の旅行では松山城と高知城という、天守閣が現存する12城のうちの2つを訪問したが、チビ達が思いの外城巡りに興味津々で、結構楽しめた。
特にチビ子は城攻めにあった際に城壁から弓矢や石を落とす狭間(さま)が気に入ったらしく、窓を見つけるたびにのぞき込んでいた。

高松城を見学した後は、食べログで検索した、たこめし三原へ。
しないから外れた場所に不思議な建物の形状をしたこのお店は、本当にたこ飯とたこのサイドメニューが少しあるだけど、シンプルなメニュー。

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三原のたこを使ったたこ飯は絶品で、あまりのおいしさにチビ子が「持って帰りたい」と泣き出す始末。
結局メニューを調べてその日の夜は家でもたこ飯を作ったが、これまた美味しかった。

帰りには当然道後温泉に寄って日帰り温泉を満喫。

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ただ、ここまで観光地化していると、ゆっくりくつろいで入ることもできず、疲れを取るのは無理かな。

つづく。

2015総会@秩父 [旅行]

思えば前回は2013年12月だったので、1年2ヶ月ぶりとなった同業他社仲間との1泊2日旅行となった。
今回の目的地は、昨年から埼玉支社長となった幹事のK氏の選定により、秩父に決定。
車のない僕は渋谷でピックアップしてもらい、関越道の高坂SAで全員集合。
今回は7名のメンバー全員が集まれたため、いやがうえにも期待が高まる。

集まってまずもって向かった先は、グルメ(自称?)なK氏のお勧めの鰻屋、八千代うなぎ蒲焼店。

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確か前々々回の浜松での締めだった鰻屋、かねりんに初っぱなからガチンコでぶつけてくる食のチョイスにK氏の本気が垣間見える。旨かった。

満腹になった後は埼玉屈指のパワースポット(知らんけど・・・)である、三峯神社へ。

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バレンタインデーにおっさん7人の浮き加減は半端なかったが、ご神木もお参りしてしっかりパワーを頂いた。

パワー満タンになった後は、三十槌の氷柱(みそつちのつらら)で大自然の息吹を感じる。

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こっちは人工氷柱。

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そして今回の宿、秩父七湯『御代の湯』新木鉱泉旅館に到着。

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温泉に入って夕飯を食べてまた温泉に入ってダラダラと飲み会。至福。

翌日は矢尾本店・酒づくりの森へ。

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日本酒の仕込みの奥深さ、厳しさを改めて目の当たりにした。
でも案内して頂いた館長が徹底的に工場内の清潔さにこだわっていたにもかかわらず、試食した米麹を元の棚にそのまま戻したのには全員声には出さなかったが「え!?」と衝撃を受けた(笑)

2日目の昼飯は、カツ丼の店安田屋へ。
11時に着いたにもかかわらず、そして田舎の(失礼)住宅街のど真ん中にある店にもかかわらず、既に長蛇の列。
結局食べるまでに1時間以上を要したが、途中で帰宅ミッションのあった2名は行列から即タクシーという荒技で帰路に。
肝心のカツ丼は薄めのカツに甘めの天丼のたれに近いつゆがかかっており、B級グルメ的でこれまた旨かった。

帰りは渋滞もなく、16時半頃には家に到着。
その後家族の要請で足立区の濃厚豚骨ラーメン田中商店に行き、終わってみればカロリー摂取しすぎの週末となった。

でも、気の置けない仲間で行く1泊旅行は最高の気分転換になった。次回も楽しみ。

2014年夏休み家族旅行@四国 [旅行]

今年の夏休みは固い決意を持って(?)、1週間+2日を取ってみた。
時期はちび達の予定を考慮するとどうしてもお盆真っ只中になってしまうのだが、高騰する航空券も初めてのLCCのJETSTARで何とかコストを抑えて、母親の住む香川県に8月8日~13日まで帰省した。

高松空港に着くやいなや、真っ先に向かったのはやっぱりうどん屋。

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ここうどん本陣 山田家本店は、およそうどん屋とは思えない店構えが凄い。

しかし今回も短い滞在期間ながらうどんを食ったなあ。

うどん本陣山田家 本店
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上戸うどん
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えーと・・・高松市内のどこか。
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長田 in 香の香、たらいうどん
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やっぱり本場のうどんは麺はもちろん、いりこだしがたまらない。

今回の滞在中は、ちび達がじいじばあばと遊びたがってくれたおかげで、夫婦二人で丸二日旅行が出来たのが楽しかった。

一日は愛媛の松山まで軽自動車を飛ばし、まずはずっと行ってみたかった坂の上の雲ミュージアムに。

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新聞連載されていた当時の全ての連載を壁一面に貼り付けたのは圧巻だった。

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建物はそうかなと思ったが、やっぱり安藤忠雄の設計によるものだった。

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このミュージアムでじっくりと当時の情景を振り返ることができて、改めて明治の人々の必死な生き様に感銘した。
それに比べると今の世の中はやるべきことが曖昧で、忙しくしているつもりで全てにおいて調和を取るために徒労しているだけにも感じる。
そんな世の中の方がずっと平和で文化的なことも事実で、それを常に意識して先人達の努力に感謝の気持ちを忘れてはならないという思いを新たにした。

その後は道後温泉のさらに奥、奥道後へ。

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ここがまた見事に田舎の山奥の温泉街で、衝撃的だったのが、山の中に作られた古びた通路を通って温泉に行く間に、以下にも温泉街的な超ショボい宝塚歌劇団のような見世物があり、その役者の方々の楽屋が丸見えのルートを通っていくことだった。
見えようが見えまいがあまり関係ないのかもしれないが、一応はかくして置いた方が良さそうなものだが。

温泉は・・・まあ、正直普通だったかな。

夫婦旅行のもう一日は、今治のタオル美術館に行ってその後しまなみ海道を通って大三島に。
大三島では隣の伯方島発祥の「伯方の塩」の大三島工場に立ち寄ったが、その前のビーチが素晴らしかった。
来年は是非ちび達も連れて海水浴に来てみたい。

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何ともあとひく味だったのが、伯方の塩ソフトクリーム。
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驚いたのが、伯方の塩の原料はメキシコとオーストラリアで作られた塩を日本で鹹水に戻したあと、もう一回結晶させて作っていると言うこと。
つまり、国産原料100%ではないと言うこと(ただし、農林水産省のガイドラインによると、その商品の内容について実質的な変更をもたらす行為が行われた国内の地域が原産地となる、と謳われているため、原産地は日本となっている)。

その理由は、1971年4月に成立した「塩業近代化臨時措置法」により、国内中の塩田を全廃してイオン交換膜製塩に切り替えることが法律上決まってしまった事による。
その後必死の存続運動にも関わらず昔ながらの塩田存続は叶わなかったものの、1973年6月に専売公社から自主流通塩の製造を委託された結果、国外からの原材料を使うことで塩造りを継続してきたらしい。

その後1997年に専売法がなくなり、そして2010年には創業当時の流下式枝条架併用(りゅうかしきしじょうかへいよう)の塩田が再現され、『されど塩』として販売されている。

なんだか伯方の塩の宣伝みたいになってしまったが、国の施策によって業界構造が激変するということは、自分が働いている金融業界でも常に起こっていることだが、そのような状況でもあきらめずに理念を持った経営を続けていくことが大切だということに改めて気づかされた。

それ以外の日は小豆島にフェリーで行ってビーチで遊んだりした。

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帰ってきてお土産を渡した部内のメンバーが、まさにビーチで遊んだ小豆島坂手の出身と聞いたときは驚いたけど。

楽しい時間はあっという間に過ぎてしまったけど、また次の家族旅行を楽しみに仕事に邁進したい。

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2013総会@草津 [旅行]

ここ数年、毎年一回同業他社の仲間と1泊2日の旅行を実施しており、個人的にも非常に楽しい&仕事へのモチベーションを与えてもらう機会になっている。

一昨年は浜松、昨年は仙台に行ってきたのだが、今年は僕が幹事。
昨年から続いた温泉シリーズの流れを断たないようにと、家族でよく行く草津温泉に行くこととした。

当日は有難いことに車出しをしてくれるK氏が出張先の岐阜から始発で帰ってピックアップしてくれるとのことで、少し遅めの荻窪集合。

そして途中高坂SAで昼食を取りつつ(食事制限を自らに課しているKM氏には極めて選択肢の少ない昼食となってしまったが・・・)、午後3時に草津温泉到着。

そこでちょっとした誤算というか幹事の予見能力不足というかが発現してしまった。
何かというと、草津でも有数の老舗ペンションを選択したつもりが、部屋に入ってみると、正直あまりに古くて狭くて不便。
それぞれの会社での一線級の皆さまに宿泊してもらうにはちょっと厳しすぎると言うことで、急遽僕の義理の両親が持っている近くのワンルームマンションで宿泊するというコンティンジェンシープランを発動。

その後まずは温泉街を散策しながら、日本最大級の露天風呂がある西の河原へ。

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長時間のドライブを癒やすにはもってこいのいいお湯だった。

とは言え外は数日前からの真冬モードで雪もちらつく始末。
湯冷めしないように速攻で仮の宿であるペンションに退避した後は、この日個人的には最も楽しみにしていた草津随一の洋食レストランでの夕食。

これがまた、格別!

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K氏が持参してくれたワインも実に美味で、しばし仕事のストレスから解放されて気の置けないメンバーとの時間を楽しめた。感謝!

翌日はこれまた急ぎ足で、軽井沢アウトレットモールに抜けてそのまま帰京。
今年は例年以上にバタバタした総会だったので、風呂→飯→風呂で終わった感もあるが、それでも同業他社の素晴らしいメンバーと時間を共有していろいろな話を交わすだけで、また明日以降のエネルギーをもらった気分になった。

そして今回の旅での学びは、この動画。
皆さんも是非試してみてください!


2013年夏休み家族旅行@四国4県 [旅行]

去年は一週間も取れなかった夏休みだが、今年はお盆の間をしっかりと一週間通しで休暇取得した。
やっぱり休むときは休まないとエネルギーコントロールが出来ないわ。

今年の夏休みは、大半を母親が住む香川県は観音寺市で過ごした。
そして毎日毎日うどんを食べては・・・

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海で一日泳いだりカニを捕ったりという日々。

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途中一日子供達をじいじばあばに預けて妻と2人で丸亀からフェリーに乗って本島に渡り、サイクリングなども堪能したが、これが相当アップダウンが激しく島を一周するだけでヘロヘロになってしまった。

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途中、塩飽本島勤番所に立ち寄ったのだが、少し前に司馬遼太郎の菜の花の沖を読んでいたので、遺産の数々が興味深かった。


菜の花の沖〈1〉 (文春文庫)

菜の花の沖〈1〉 (文春文庫)

  • 作者: 司馬 遼太郎
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2000/09
  • メディア: 文庫



ちなみにこの本は全6巻の淡路島出身の江戸時代後期の廻船業者であり船乗りである高田嘉兵衛の生涯を描いたものだが、6巻の感動が半端ないので読んでない方は、是非。

他にも機関車先生のロケ地なんてのもあったけど、そもそも機関車先生なる映画を知らないのでよく分からず。

その他には久々にいとこ家族と親戚が一堂に会して集まれたし、仕事を離れてリフレッシュしまくった5泊6日の帰省でした。

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明日からはちび太の野球合宿が2日続くので、夏休みの総仕上げで猛暑の中汗を流してきます。

大人の社会科見学ソリューション@盛岡~仙台 [旅行]

やって参りました、年に一度のお祭り騒ぎ、業界仲間との社会科見学旅行。
前回は2011年2月の浜松旅行だったので、実に1年9ヶ月ぶりのイベントとなった。

今回の幹事は仙台在住のK氏で、東京から僕を含めた3名が参加し、計4名での旅。
旅程を先に言ってしまうと、盛岡~松川温泉~平泉~仙台を1泊2日で回るという満載感溢れるスケジュールだ。

早朝〇七三二の新幹線こまちで盛岡に到着した一行が目にしたのは、こまちとはやての連結切り離し。
さすが全員男の子、こういう変形メカには目が無く、取り巻く子供達を押しのけて連結が離れる瞬間をカメラに納めようと押すな押すなの場所取りに必死。

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その後K氏と合流し、まず向かった先は、あの有名な(?)「盛岡市先人記念館」。

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恐らくピーク時には数万人が押し寄せるであろうことを想定して作られた膨大な駐車場を横切り、敷地内に足を踏み入れると、岩手県ならではのザ・箱物行政を堪能できる、広々とした作りに一同感動。

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メインは米内光政、新渡戸稲造、金田一京助の足跡展示。
まじめな話、米内光政の生涯を描いた10分ほどのドキュメンタリーは一見の価値ありだった。

そして向かった先は、K氏オススメの盛岡冷麺の有名店、ぴょんぴょん舎。

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名前は変だが、味は抜群で、昼から既に焼肉&ビール&冷麺を堪能。

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もう牛なんて見たくないほど満腹になった一行が次に向かった先は、小岩井農場(笑)

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そんな祈りが通じたのか、牛どころか家畜一頭すら見当たらず。

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仕方ないので草原の高台からビニールの大玉の中に入って転がり落ちるアクティビティを全員で堪能。
30代のオッサンがきゃーきゃ言いながらはしゃぐはしゃぐ。

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そしてメニューを目にしたからには食べずにはいられない、牛乳ラーメン。普通でした。

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そこから来るまで1時間半ほどかけて、その日の宿である松川温泉は松川荘に到着。
さすがに山深いところに来ると気温も一気に下がり、雪もちらほら。

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中はいかにも非日常を感じさせてくれる、秘湯の温泉旅館といった感じ。

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近くには地熱発電所もある。

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ここの露天風呂(混浴)は温泉マニアのK氏が東北Top3に入ると熱弁するだけあって、白濁したみごとな泉質とぬるめの温度が気持ちよく、何時間でも入っていられそうな心地よさ。
実際に到着直後は約2時間、晩飯の後にまた1時間と、合計3時間ほどのんびりと湯に浸かる。極楽。

その後はまじめな話から馬鹿話まで尽きぬ話をつまみに、よってたかって日本酒と焼酎をやっつけ、その後爆睡。
相部屋になったS氏は、翌朝布団から転がり落ちて、畳の上でうつぶせで寝ていたというほどの眠りの深さ。
今回の旅の唯一の心残りは、その時のS氏の写真の取り忘れ。

翌朝は朝飯の前にまた露天風呂を堪能し、向かった先は先日世界遺産に登録された平泉の中尊寺。

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金色堂の美しさは、ただただ荘厳という他ない。
写真撮影が禁止のため、行った人にしか分からないので、機会があれば皆さんにも是非訪れて欲しい場所だ。

その後は仙台に戻って、お約束の牛タンを。
僕は初めて食べたが、利休の牛タンは厚みがありながら柔らかくてジューシーで、いやはやおいしゅうございました。

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最後に帰京する前に向かった先は、仙台市から車で15分ほどの閖上地区。
ここは東日本大震災で甚大な被害を受けたエリアで、S氏からの説明を受けながら現地に向かう車窓の景色を眺めていても、本当に言葉にならない光景だった。

震災から1年半以上が経過した今となっては、殆ど「何もない」光景が広がっており、広大な地面に残るのはその場所に昔家があった痕跡である基礎だけという状況。
そんな中点在している建物もあるが、津波により殆どが修復不能なダメージを受けており、その佇まいを見るだけでも如何に津波の威力が凄かったかが窺い知れる。

現地に行ってみて感じたことは拙い文章ではとても表現できないので細かには書かないが、あの場所に行って見られたことを、大切にしたいと思う。

そして今回改めて感じたのは、会社を超えてこういう仲間がいることの素晴らしさ。
年に一度のこの旅行は、今後もしっかりスケジュールを空けて参加していきたい。

さて、次回の幹事は持ち回りで僕となったので、今から企画を練りますか。

週末1泊2日旅行@万座~草津~戸隠 [旅行]

折角の三連休で何とか仕事も休日出勤しなくても回りそうな感じだったので、金曜日朝に妻にメールして急遽週末旅行へGO。
今回は久しぶりにレンタカーを借りて、万座温泉~草津温泉~そして結果的に蕎麦を食べに人生初の戸隠まで長距離運転の旅となった。

土曜日の午前9時に出発して、まず向かったのは万座温泉。
しかも万座温泉という行き先を決めたのも草津方面へ車を走らせながらの車中という適当さ。
まさに我が家の旅行スタイルなんだけど。

途中パーキングエリアで昼飯を食べたり、急ぐでもなくゆっくり車を走らせて(といっても都内を出るまではものすごい渋滞で急ぐにも急げなかったけど)、4時前にやっと万座温泉に到着。

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白濁したいかにも温泉!といったのお湯と檜木造りの浴槽が相まって心身ともにリラックス出来た。

そしてそのまま草津に抜けて(途中白根山の霧が凄かったけど)、夜はより硫黄臭の強い草津のお湯を堪能。
その前に、腹ごしらえに草津の中心地(=湯畑)からちょっと外れた新しいステーキハウスで夕食。
僕は食事はソコソコにアルコール摂取に努めたのだが、ここで頼んだシャトーメルシャンの赤ワイン、藍茜は美味しかった。

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力強さは全くない時点で如何にも日本のワインなんだけど、逆にその繊細さや微妙な味の複雑さを堪能するのにはコストパフォーマンスも素晴らしい一本だった。

適度に酔っ払って、そのまま温泉にゆっくり浸かって、その日は9時頃に既に夢の中へ。
ここのところ会社帰りも基本11時以降という日が続いていただけに、体にたまった疲れを一気に霧散できた。

翌日はよく寝たかいもあった、僕にしては早起きして朝9時には出発。
当初チビコンビが熱望するプールにでも行こうと思ったけど、あまりの天気の良さに山道をドライブしながら蕎麦を食べに(これが大人の主目的)人生初の戸隠へ。

天気が良いだけに草津を抜けた直後の嬬恋村ではキャベツ畑がまるで別世界のように広がっていた。

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その後は信じられないほどの急な山道を何とか抜けつつ、何とか4時間ほど掛けて戸隠に到着。
そこで持ってきたWiMAXルーターとiPadで食べログを検索ていると、ちび子が急にトイレに行きたいと言い出して、近場の蕎麦屋へ。

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これが結果的に大正解で、少しざらついた食感が美味しい戸隠の蕎麦を堪能できた。

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あまりに美味しかったので、ざるに続いて温かいかけそばと、そばがきまで注文。
でもあまりに時間が掛かりすぎて、結局その後はゆっくり帰路につくことに。
時間があればチビコンビに戸隠忍者村でも体験させてやりたかったが、それはまた次回に。

戸隠からの帰りは、野菜の直売所で焼きトウモロコシをほおばったり、なんだかんだ言って楽しみながらの道中だった。
途中寄った佐久平ハイウェイオアシスのカブトムシドームが既に今年は閉園になって他のは残念だったけど。

でも、草津から走りたい放題で戸隠まで行ってしまったが故に、その後の東京までの道のりは運転手にはきつく、結局温泉で癒やした疲れが10時間近い運転時間で吹っ飛んでしまったけど。

そんな一泊二日で延べ670キロを走破した温泉巡りの旅でした。

週末1泊2日旅行@大洗 [旅行]

今年は夏休みがあまりに短く終わってしまったので、普通の週末もできる限り外に出かけよう!ということで、第一弾として茨城県は大洗への1泊2日旅行を敢行。

土曜日の午前中に出発して大洗は中生代白亜紀層海岸へ。
いかにも恐竜好きのちび太が喜びそうな場所だ。

東京から車で走り、途中のサービスエリアで食事をしても約2時間半程度でたどり着けるので、十分週末旅行圏内と言える。
着いてみると、思った以上に綺麗なビーチ。

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堤防で囲まれているので波も穏やで子連れでも安心。
砂浜とその周りの岩場でカニを捕ったりしてひとしきり遊んだ後は、チビコンビたっての願いで湾内にあるクジラの滑り台へ。

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浮き輪をしたチビ2人を引っ張って泳いでいくのは結構疲れたが、すべり台から海に飛び込んで大喜びの2人を見ると、疲れも吹き飛ぶ。

その後はホテルへ戻って夜ご飯は隣の回転寿司屋へ。
帰りの運転を気にせず飲めるのは何よりも幸せだったりする。

翌日曜日は、早起きして那珂湊お魚市場へ。

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前も一度来たことがあるが、魚の鮮度も良い上に東京と比べて信じられないほどリーズナブルで、見て回るだけで心躍る。
途中で買い食いする夏が旬の岩ガキにも、心躍る。

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朝一番でに市場を堪能した後は、人生初の朝9時から寿司屋へ直行。
市場内にあるだけあって、ネタも新鮮で朝から家族全員思う存分堪能できた。しかも安いし。

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しかし店内にも写真が貼ってあり、その後訪れた大洗アウトレットにも特別展示が行われていたが、この那珂湊も昨年3月11日の震災の時には全部が津波で浸水してしまっていたとのこと。
当時の写真と見比べると、1年半という限られた時間の中で当時のダメージをみじんも感じさせないほどの復興を成し遂げた現地の皆さんの頑張りには、人間の底力を見せつけられた。
そんな感動を胸に、那珂湊では干物を何枚か購入。
これまた東京ではあり得ない価格だったが、帰ってきて食べてみて味も大満足だった。

そして帰りは東京近郊で高速を降りて矢切のスーパー銭湯、笑がおの湯へ。
最近我が家では旅行の帰りに日帰り温泉かスーパー銭湯に寄ることが定着しているが、この日も旅の疲れを癒やすお湯へ。

近場への1日2日旅行でも、十分日常から離れてリラックス出来るので、オススメです。

2012年夏休み家族旅行@香川~徳島~広島(パパは4泊5日) [旅行]

既に3週間ほど経ってしまったが、2012年夏休み旅行記を。
今年の夏休みはあまりの仕事の忙しさで、予定していた旅行も家族を先に旅立たせて、さらに合流先から先に東京に戻るという超短縮バージョンとなってしまった。

向かった先は香川県観音寺市。
僕が生まれ育ってから京都にいた母親が、今年京都の家を処分して新たに移り住んだ場所へ家族で。
瀬戸内海の海岸からも近く、先に行った妻とチビコンビは早速海水浴で大はしゃぎだったとか。

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後から到着して連日海に行った際にもたくさん見たが、波打ち際にはクラゲがいっぱい。
でも、たぶんクラゲだとは思うが、完全に透明でただの寒天の塊のようになっており、ぴくりともしない無機質な物質。これって本当にクラゲなんだろうか?

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一日遅れで合流した後は、東京ではまず見られない自然の中で虫取りしたり海に行ったりと、スローライフを堪能。

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小学生以来、久しぶりにタマムシを見つけたが、何とも言えない美しさ。
残念ながら見つけたときに相当弱っていて、その夜には死んでしまったけど・・・。

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そして香川と言えば楽しみなのは、もちろんうどん。
これはセルフスタイルではない定食屋といった感じのうまじ家でのとり天ぶっかけとかまあげ。

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思った以上に量が多くて完食しきれなかったが、ここは麺は少し柔らかめだったかな。
個人的にはもう少しツルシコっとしたのが好み。

そしてこちらは翌日行った上戸うどん。

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店の中では兄ちゃんが麺を打ったその場で釜に放り込み、ネギやショウガは客が自分で入れるというセルフ方式。

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あまりにうまくて連日通ってしまった。
ひやひやもぶっかけも旨かった。

うどんを食べて腹ごなしした後は、日がな一日海水浴へ。
観音寺市周辺の干潟では、キンセンガ二やスナガニが面白いように捕まえられるし、仁尾港からつた島へ小舟で渡れば、混んでいない海岸で思う存分泳いで磯遊びができる。

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また、数十分車を走らせれば、徳島の吉野川流域へもすぐだし、帰りの道中には道の駅に併設した温泉もある。

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滞在中ちび太はずっと「クワガタを捕まえたい!」と意気込んでいて、何とか捕まえられないかと夕暮れ時に近くの山のクヌギの木に蜜を塗りに行って早朝行ってみたりと色々トライしたが、結局カブトもクワガタも捕れずじまい。
これは来年以降に持ち越しだな。

最終日は親戚一同約20人が集結して、マイクロバスをチャーターして一路広島へ日帰り旅行。
人生初の安芸の宮島へも行けて、みんな子持ちになったいとこともつかの間の再会ができて楽しかった。

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厳島神社では残念ながら夏休みにもかかわらず約1時間半の電話会議に参加しなければならなかったが、瀬戸内海の穏やかな海に接して少しはリフレッシュできた。

そしてそのまま広島市内へ入って、平和記念公園へ。
パリにいた頃から、日本に戻ったらしっかりと広島で終戦までの経緯を見たいと思っていたので、終戦の日を彼の地で迎えることが出来たのは感慨深かった。

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平和記念資料館は敢えてショッキングな描写を相当抑えた作りになっていたと思うが、それでも息子にゆっくりと語りながら歩き進むほどに、今の生活の平和さとそのありがたさをひしひしと感じた。

その後は、僕だけ親戚と別れて広島駅から東京へ。
どうしても前後の仕事を外せないため駆け足で四国~広島を通り抜けた夏休みだったが、近いうちにもう一度ゆっくりと訪れてみたいと思ったな。
やっぱり四国は好きだし、落ち着くし。

パパが帰った後のチビコンビは残りの日々を堪能し、バッタもガンガン手づかみできるようになったとさ。

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ホタル観賞とつかの間の休息@草津 [旅行]

先週末も忙しかった。
結局週末の持ち帰り仕事ができてしまい、今週末も予定していた家族旅行はちょっと延期かな~と諦めかけていた週半ば、ちび子が幼稚園で作った父の日のプレゼントに添えられていたメッセージにちょっとショックを受けた。

「おとうさんへ すぱげってぃつくってくれてありがとう!」

って、作ってないし!
いや、正確に言うとフランスにいた頃は毎週末料理をして良くパスタを作ったりしていたのだが、帰国してからの1年半、ほとんど料理をする時間が無くなってしまった。
もしちび子のパパの思い出が1年半前でちょっと止まってしまっていたのなら・・・これは無理をしてでも家族旅行断行せねばなるまい。

実はここ数年ずっと子供達に見せたいと思っていたのが、ホタルが乱舞するホタル観賞。
僕自身も人生の中では数えるほどしかホタルを見たことはないのだが、あの何とも言えない優しい光はきっと子供達にも記憶に残る思い出になるに違いない。

調べてみると、家族でよく行く草津温泉の手前、渋川伊香保インターから30分程度の場所にホタルの名所があることが分かり、早速1泊2日の温泉旅行を兼ねて出発。

夜のホタル観賞まで時間があるので、何となく適当にインターを降りてドライブしながら、何となく適当に行き先案内に沿って「グリーン牧場」なる牧場体験施設へ。
ここが結構あたりで、牛・馬・山羊・羊・うさぎとふれあいながらゆっくり緑の中でくつろげる。

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牧場内には常に何かしらイベントがあって、その度に一人500円の参加費が掛かるから気をつけないといけないけど(笑)

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でも、さすが日本というか、園内には至る所に石鹸付きの手洗い所があるのがすごい。
なんてきれい好き・・・もとい潔癖な国なんだ?

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楽しくてリラックスできる牧場なんだけど、午後4時閉園なのがたまにきず。
まだまだ日没までは時間があるので、渋川インター近くの日帰り温泉へ。
着いてみてびっくりしたのはその外観・・・群馬版マリーナ・ベイサンズ?

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ここで子供達とプールでも・・・と思ったら、プールは午後5時で終わり。群馬早っ。
仕方ないので温泉でゆっくり。
確かに景色は良いのだが、周りは見渡す限り田んぼ。まあ、これはこれで不思議な感じでいいけど。

そして回転寿司で腹ごしらえをした後は、いよいよホタル観賞へ向かう。
周りもゆっくり暗くなり始めた午後7時過ぎ、目的地まで走らせると車はドンドン山の中へ。
周りの景色も寂しげになってきて、ちょっとチビコンビには怖いかな~と思っていると、目的地付近ではホタルを護る会的な方々が交通整理をするほどの突然の大盛況。
これにはちょっと驚いたが、これほど人手があるということは確実に見れるということで、ある意味安心できる。

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車を止めて10分ほど歩いて行くと、小さな小川と沼地にかなりの人だかり。

ちょっと驚いたが、小川のほとりで10分ほど待っていると、あたりが暗くなるにつれてポツリポツリと淡い黄緑色の光が草葉の陰から見え隠れしはじめた。
小一時間眺めていたが、時間と共に続々とホタルが光りはじめ、奥にある森までの間の数十メートルに小さな光が緩急をつけながら何とも幻想的に舞い踊る様子は、子供心にかえるような、不思議ではかない美しさに溢れた光景だった。
チビコンビも、特に手にホタルが止まったちび太は大興奮で、その夜の絵日記にその様子を書くほどだったので、きっと良い思い出になったんだろう。

その夜はそこから1時間半ほど車で走って、草津温泉へ。
やっぱり温泉はリラックスできて、何とも気持ちいい。
でもちょっと気になったのは、泉質がちょっと薄まったかな?という点。
なんだかお湯の硫黄成分がちょっと足りない感じがしたのだが、時期的なものなのだろうか。

その夜と翌朝の数時間は、限られた中で持ち帰り仕事を集中してこなしたが、終わってみると逆に集中して捗った。
仕事があるから家族との時間を削るのではなく、家族との時間を軸においた中で如何に空いた時間を効率的に仕事に回すかという風に考えた方が、家族にとっても自分にとってもメリットが大きいことを実感。
これからはこういう週末をもっと過ごそう。

・・・最後に、先日出張で行ったシンガポールにある本物のマリーナ・ベイサンズからの眺めを。
皆さんも、是非群馬版と本物を両方体験してみてください(笑)

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マネジメント研修@シンガポール [旅行]

2012年5月28日~6月3日まで、グループ内のマネジメント研修で人生初めてシンガポールに行ってきた。
うちのグループでは全世界の社員のトレーニング(主に管理職以上をターゲット)のためにヨーロッパではパリに、そしてアジアではシンガポールに大学と称したトレーニングセンターを設立している。
プログラム(4日間)への参加もシンガポールへの渡航も初めて経験してきた。

シンガポールへのアクセスはもっと短時間かと思いきや、片道8時間を要する結構な空の旅。
トレーニングの開始が火曜日の朝からなので月曜日は仕事してから・・・なんて思っていたけど、全然ムリで、結局月曜日~金曜日まで完全に一週間仕事と離れて過ごすこととなった。
まあ、そうは言ってもスマホで常に会社メールは受信して、適時返信してたけど。

人税初のシンガポールについてまず初めに思ったのは「・・・あんまり違和感ない。」ってこと。
空港も地下鉄も街も綺麗で、人種は多種多様だけど基本アジア系の占率が高く、正直東京都そんなに変わらない。

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少なくとも、「外国に来たぞ~!」という感じは全くしない。

着いたその日から早速シンガポール在住のフランス人の同僚と待ち合わせ、シンガポール名物チリクラブを堪能。
2キロを超すカニをブツ切りにしてチリソースで炒めた逸品で、濃厚で美味しけれどとにかく食べにくい(笑)
その後はバーでギネスビールを片手に深夜まで談笑・・・明朝からの研修開始を前にして、早くもシンガポール満喫&ベロンベロン(笑)

肝心の4日間にわたる研修はというと、延べ8ヵ国から18人のミドルマネージャーが集まって、振り返ってみると非常に有意義な研修だった。
いわゆるピープルマネジメントとリーダーシップに関する研修だったのだが、改めてこれらのマネジメントに関するケーパビリティは個人の業務スキル・能力とは全く異なるもので、そしてそれは国やビジネスラインを超えて普遍的な物であるというのが実体験として再認識できた。

例えば、9人ずつのグループに分かれて架空の会社とその組織を想定して、1時間の詳細な背景を暗記して実施したロールプレイ。
まず、各自が会社・組織の情報に加えて1人または2人のスタッフの個別情報をA4用紙数枚分で与えられ、それを1時間かけて読み込む。
その後、各自が順番にマネージャーの役割とスタッフの役割を交互にこなしながらチームメンバーとの1対1のミーティングを10分間ロールプレイする。
自分がマネージャーの場合は、部下が入れ替わり立ち替わり来て、自分が知らないいろいろな課題をその場で報告してくるため、それに対して適切な対応を行う。
自分が部下の場合は、マネージャー役の同僚にスタッフになったつもりで課題を投げかけて判断を問うといったもの。
しかもそれをビデオ撮影しておいて、8人の同僚と一緒にビデオを見て、そのマネジメント、部下とのコミュニケーション取り方、言葉とボディーランゲージの適切さ等を講評しあうといったもの。
自分のビデオ映像を見ると言うこと自体あまりない経験(かつ、個人的には最もやりたくないことの一つ!)だが、自分のマネジメントスタイルの一端を見て、かつそれに対して第三者からの貴重なコメントをもらえるなんていう経験は、そうそうできることではない。
やりとりが英語だったため、日本の今の職場環境でのやりとりと比べるとニュアンスや表現方法に差はある物の、本当に良い勉強になった。

そんな4日間を過ごして、同僚から得た自分自身の評価はこんな感じ。
・一般的な日本人像と異なり、全然シャイじゃない(よー喋るってことか? 笑)
・声を上げなければならないところで、しっかりと声を上げてチームの方向性を正していける
・思考回路がストラテジックで論理的
・一方で、時にもっとcommandingなスタイル(指揮権の発動)を取っても良いのではないか

8人のチームメンバー一人一人から上記を踏まえた手紙をもらえたことは、人生の財産と言える。
(もちろん僕も8人の同僚に心を込めて手紙を書いたけど)

何より刺激になったのは、研修のプログラムそのものよりも、アジアの8ヵ国にマネージャーとして成長しようとして、思い悩む17人の同僚がいて、その一人一人との繋がりを持てたこと。
このメンバーの何人かとはこれから先も長いつきあいを続けていくだろう。

そんな充実した日々を過ごしたシンガポールだが、食の面からも充実してたなぁ。

Novena駅そばのホテル近くのチキンライスのお店も実に美味だったし、

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Newton駅にあるフードセンターも、まさにアジアンな感じでサテ-(Satay)が甘旨だったし、

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タイ料理のパッタイを初めとした屋台料理も雰囲気と相まってダウンタウンな感じで良かったし、

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食後にちょっとリッチな気分を味わいたくて訪れたラッフルズホテルで飲んだシンガポールスリングも、最高に優雅なひとときを演出してくれたなあ。

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豪華な気分と言えば、マーライオンの向かいにそびえるマリーナ ベイ サンズ (Marina Bay Sands) からの眺め。
いつか夫婦でゆっくりとこのホテルに滞在してみたいもんだ。

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やっぱり次の赴任先は、アジアかな。
それを実現できるように、引き続き日本で奮闘します。

2011~2012年冬休み家族旅行@ソウル(4~5日目) [旅行]

この日は前日夜にソウル入りした義父母と妻の妹とその娘(3歳)と、フルメンバー揃っての外出。
最初のランチに選んだのは、初日たまたま見つけて感動した東大門市場の近くにあるタッカンマリのお店。
韓国では旧正月重視のため日本ほどのお正月ムードではなかったのだが、それでもお店が開いているか分からない中でとりあえず行ってみると、営業していた(嬉)

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いや~、ホント美味しいわこれ。
近いうちに家で作ってみたい。

その後は一度ホテルに戻って、各自しばし解散し、僕はとある場所へ一人で向かった。
途中にある南大門は2008年の放火事件で全焼してしまい、再建に向けた工事中だった。

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向かった先というのは、仁寺洞の近くにある日本大使館。
ちょうど先日、従軍慰安婦を象徴する銅像が建てられたのを実際に見てみたいと思ったからだ。

到着してみると、確かに銅像は日本大使館の目の前にあり、大使館前には物々しい警備がひかれ、銅像の横にも警官が一人立っている。

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周囲にそれほど人影はなく、時折韓国人が立ち止まって写真を撮っている。

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その銅像の横に立ちながらしばらく思い巡らせていたが、日本と韓国の将来には何の利益も生まないものだと肌で感じた。
戦争時の時代背景やそれぞれの国家の戦争に踏み切ったその経緯、そしてその結果として起きた戦争の悲惨さは世代を超えて共有し続けなければならないと思うが、その戦時中に起きた人道的な問題を、その個別事情だけを取り上げて現代に持ち込むというアプローチは全く賛同できない。
そこから得られる未来志向型の関係構築がないからだ。

僕自身は従軍慰安婦問題が実際にあったかなかったかという議論はするつもりもない。
ただ、少なくとも今回ソウルを訪れてみて、個人レベルでの韓国人の親切さにも触れられたし、食文化も大いに楽しめた。
それは来る前に漠然と抱いていた韓国への嫌悪感を覆すに十分な良い意味でのカルチャーショックだったのだが、折角そういった関係を足元では築けそうな状況にあるにもかかわらず、その根底にある国家としての嫌悪感を情宣することに何の意味があるのだろうか。

一方で、ソウルに来てみて、未開発のエリアを多く残しながら急速に都心部が開発されて来ているというギャップを肌で感じた。
先に経済大国となった日本のように、言わば急速に日本化が進む中で、自分たちのアイデンティティのよりどころとして過去に受けた苦しみを思い出すことで失われていく価値観をつなぎ止めようとする重いが具現化したものなのかもしれない。

でも、この通りを歩く韓国人の親子は、これからも子供にこの像と日本との関係を語り継ぐのだろうか。
その結果その子供の未来にどのような幸せがあるのだろうか・・・。

少し気分は落ち込んだが、そんな時には美味しいものを食べるに限る(笑)
この日の夕飯はプロスポーツ選手や芸能人も多く訪れるという、ケジャンの有名店、プロカンジャンケジャンへ。

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まずはケジャンの前にイイダコのお造りを。
これが皿の上でもまだ動いていて、食べようとしても口の中で吸い付いてくる。
でも味は単に生のたこにごま油をかけたというシンプルなもの。

そしてメインのカンジャンケジャン(ワタリガニの醤油漬け)。

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カニの身はトロ~ッと熟成されており、味噌は濃厚で旨い。
カニの甲羅にご飯を入れて、残ったカニ味噌と混ぜながら食べるのが通らしいのだが、確かにうまかった。
別メニューで頼んだカニの内子のビビンパもうまみが濃縮されていて絶品だった。

結局最後までほぼグルメツアーとなった初のソウル旅行だったが、やっぱりその土地その国には行ってみないと分からないというのを改めて感じることができた。

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・・・あ~、タッカンマリ食べたい(笑)

2011~2012年冬休み家族旅行@ソウル(3日目) [旅行]

完全にグルメツアーと化したソウル旅行、3日目。

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効き過ぎのオンドル(床暖房)で体中が熱っぽいまま起きて外に出てみると、今度は極寒の外気。
滞在中は街全体が常にガスが掛かったような感じで日中も太陽が曇りガラスの向こうのように見えて温度も余り上がることがなかったな。

さて、朝飯は昨夜ネットで調べたスンドゥブチゲの老舗、チョンウォンスントゥブへ。
明洞にあるホテルからは歩いて20分くらいだったかな。

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画像で見ると真っ赤っかでいかにも辛そうだが、実際はそんなに辛くない。
アサリの出汁とおぼろ豆腐が相まって、ご飯が進む逸品。
店のおばさんからはチビ達が持っているキーホルダー型のがま口を見て「これどこで買ったの?日本?いいわね、これ!」と絶賛。
いや、昨日仁寺洞を散歩している時に露店で買ったんですけど。

韓国の食事の特徴は、この小皿の多さ。
食事する方としては色々つまめてうれしいかぎりなのだが、作る方(洗う方?)は大変だな。

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ちなみにこの旅行の直前にチビコンビが通う幼稚園の韓国人家族の家にランチを呼ばれたのだが、ご主人曰く日本に来てうどん屋に入って注文したら、うどんだけが丼で単品で出てきてびっくりしたそうだ。
地理的には近くとも、国が違えば食文化も全然違ってくるのがおもしろい。

食後は余りに寒いのでちょっと屋内へ退避しようということで、国立中央博物館へ。

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想像以上に大きな建物で、何でも世界で6番目に大きな国立博物館だそうだ。
中は3階建てで、新羅・高句麗・百済の三国時代の国宝級の品々が展示されている。
中でも新羅金冠と百済金銅大香炉は見応えがあったが、この博物館における最も重要な展示品は半跏思惟像。
弥勒菩薩半跏思惟像というと京都の広隆寺のものがよく知られているが、ここソウル国立中央博物館のものも何とも言えないアンニュイな雰囲気を醸し出していた(仏像には全く明るくないのでこれ以上の表現はしようがないのだが・・・)。
でも仏像では個人的には京都の永観堂の見返り阿弥陀が一番好きだな。

さて、国立博物館をたっぷり堪能した後は、南大門(ナンデムン)の市場巡り。
これがまた昨日の東大門市場の数倍広くて、しかも大盛況。
ホットック(甘い韓国風パンケーキ?)を買い食いしながら、散歩するだけで十分楽しい。

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途中小汚いけどたまらなく旨そうな豚足専門店に入ってみると、2階に案内され、これがものすごい天井の低さ。

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肝心の豚足はどでかい足一本丸々出て美味しかったのだが、韓国の豚足は置き網の塩辛や辛めの味噌をつけて食べるスタイルだったのが残念。
豚足は甘く醤油で煮付けた方が好きだな。

その後は新世界デパートへ。

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中心街のデパートなどを見る限りでは、もう日本と余り大きな差は見られない。
ここではデパ地下で、先ほど豚足が苦手でほとんど食事できなかったちび太の腹ごなしをサポート。

義理の父母と義理の妹とその娘と合流した4日目へと続く。

2011~2012年冬休み家族旅行@ソウル(1~2日目) [旅行]

2011年の年末年始は、ここに来て情勢が急に不安定化してきた韓国で初の海外年越しをすることに。
事の発端は義理の父親が家族で(というより孫達と)旅行したいと思い立ち、そこに非常に実行力のある義理の母親が即決で旅行を手配し、特段プランニングに参加するまでもなく決まってしまった。
とは言え、そんないきさつもなければ韓国へ行くなどという選択肢はなかなかないので、本当感謝してます。

スケジュールとしては我が家4人が2日ほど早めにソウル入りし、後ほど義理の父母と妻の妹とその娘(3歳)と現地で合流することに。

羽田空港から空路2時間であっさり着いた、人生初韓国は・・・むちゃくちゃ寒かった。

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それでも一週間前と比べると随分ましだったそうだが、最低気温は大体マイナス5~10度といった感じ。
飛行機が金浦国際空港についたのは既に夜10時を回っていたので、夜の底冷えする寒さが身にしみた。
コートにマフラー、手袋をしていてもその上から冷気がしみこんでくる感じ、カナダ旅行以来かも。

意外だったのは町中にある日本のコンビニ。

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ファミリーマートとセブンイレブンはかなり進出しており、店舗内も日本のそれと大差ない。
企業の国際進出という点では大したモンだと思うが、街の景観の同質化という点では賛同しかねるな。

ホテルは明洞(ミョンドン)という渋谷のセンター街のような繁華街のど真ん中の雑居ビル7階にある民宿(?)で、韓国好きの義理の母がよく利用するホテルらしい。
最初入り口が雑居ビル過ぎて分からなかったが、中に入ってみるとオンドル(床暖房)のきいた正方形のワンルームホテルで、久しぶりに布団で寝ることに。
その日はお店もほぼ閉まりきっていたので、ホテル前の屋台でトッポギを買ってビールのおつまみに食べてみたが・・・これが異様に激辛。しばらく寝れなくなってしまった。

2日目は、海外の地下鉄フェチ(?)の我が家としては早速ソウルの地下鉄を利用。
外国なのに券売機の選択肢に日本語があるのに違和感があるが、最初日本語で調べてみても切符の買い方がよく分からない。

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結局近くにいた韓国人に教えてもらって買ったのがこのプラスチックのカード型切符。

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最初は「え、これが切符?」と訳が分からなかったが、この切符は到着した駅の改札の外にある機械に通せば保証金500ウォンが払い戻される仕組みになっている。
ちなみに500ウォンは日本円で35円程度なのだが、この為替感覚がヨーロッパのユーロよりも慣れるまで難しい。
滞在時の両替レートが大体1万円=147,000~148,000ウォンくらいだったので、ウォンを円換算するためには100で割って7倍するといった感じ。
コンビニやレストランでも普通に数万ウォンになるので、慣れるまでどれくらい高いのかがさっぱり分からない。
でも、物価のうちとくにタクシー代と外食費は日本の半分~3分の一といった感じで、非常にリーズナブルだった。

そして何より、食事が美味しい。
例えば2日目のお昼に行ってみた東大門(トンデムン)のそばの裏路地で何気なく入ったお店。

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お店に入って席が決まるなり、コートを脱ぐ前に既に鍋が目の前のガスコンロに登場。

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鍋には鶏が丸々一羽入っていたのだが、店のおばさんが慣れた手つきでその鶏肉をばしばしはさみでぶった切っていく。
食べてみて知ったが、これはタッカンマリという韓国料理らしい。

で、後は付け合わせのトッポギを入れて煮えてきたら専用のつけだれにつけて食べるのだが・・・

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これがハッキリ言って激うま。
「え、何これ!?」と家族で顔を見合わせるほど鶏肉とつけだれが旨い。
ちなみにつけだれはテーブルの上に置いてある唐辛子味噌、マスタード、韓国醤油(?)、酢にニラとニンニクを入れて自分で作る。

そしてまた鶏肉を食べ終えた後のうどんのうまさといったら。
洗面器みたいな鍋でスープを継ぎ足しながらガンガン煮詰めるように煮込んでいくので、鶏の出汁を限界まで引き出すような、濃厚そのものの鶏スープができるので、まずいわけがない。

家族四人たらふく食べてビールも飲んで、日本円換算2,000円強。安っ。

そのまま東大門市場に入ると、そこはもうまさに"ザ・アジア"な屋台の世界。

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日本ではまず見られない光景で、活気の良さとドンキホーテもびっくりな食材の圧縮陳列に圧倒される。
そして市場を抜けると、このあたりはソウル市内にありながらもまだまだ再開発がされていないエリアということもあり、急に戦後の闇市のような通りが続いていたりする。
このあたりも、日本よりもよりアジア的なイメージが強い。

その後は腹ごなしを兼ねて朝鮮王朝の王宮である景福宮(キョンボックン)へ。

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入ってみると、かなり広大な敷地に再現された王宮の建物が点在しているのだが、博物館的な展示はそれほど多くなく、敷地内を散歩するといった要素が強い。
そして外は極寒で、足元の砂には氷が張っているところも多い。

体が芯まで冷え切ってしまったので、お茶でも飲もうと今度は賑やかな仁寺洞(インサドン)へ。
韓国の伝統茶を飲んだ後は(柚子茶は美味しかった)、そのまま早めの夕飯へ。

夫婦共に、通りにある適当な飯屋には決して入らないのがポリシーなため、美味しそうな店を見つけようとぐずりはじめたちびコンビをなだめながらあっちこっちへ歩き回る。
かなり奥まった小道に入ると、前から歩いてきた韓国人のおばさんが「何を探してるの?」と片言の日本語で話しかけてきたので、美味しいお店を教えてもらっていざ突入。
韓国ではこういった道行く人から片言の日本語で話しかけられるケースが結構多くて、人と人とのコミュニケーションに関しては日本よりも暖かみを感じることが多かった。
もちろん反日感情はあるだろうし、僕自身も韓国という国は正直好きでは内面もかなりあるのだが、実際に行ってみて何となく肌で感じたのは、「日本は嫌いだけど、日本人や日本の文化は嫌いじゃない」といったような複雑な国民感情。

話を晩飯に戻すと、入ったお店はホルモン焼き専門店。
そして困ったことに日本語は全く通じず、メニューを見てもハングルだけでさっぱり意味不明。
幸い若い女性店員が多少英語ができたため、何とか食べたいものを注文できた。

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2日目から生ものは一瞬躊躇したが、ここのレバ刺しは厚切りで美味しかった。
やっぱり旅行に来たら路地裏の地元の店に行くのが楽しい。

既にこの時点で旅の目的は完全にグルメツアーと化していた・・・3日目に続く。

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2011年夏休み家族旅行@沖縄(3~5日目) [旅行]

沖縄に来る前は台風11号、12号がダブルで直撃するんじゃ無いかという予報もあったが、結果的に両方とも進路がそれて滞在中はほとんどピーカンのお天気続きだった。

3日目は美ら海水族館訪問を目指して、一路本島北西部へ。
午前中は水族館も混雑しているだろうと思い、まずはゆっくり水族館そばのエメラルドビーチで海水浴をすることに。
これがまた瀬底島に負けず劣らずの綺麗な海で、しかもやたらと空いている。

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ここでもパパとちび太は泳ぎ半分、海辺の生き物採集半分といった感じ。
ちょうど潮が引く時間にあたり、遊んでいるうちにどんどん磯の岩場が広がっていって、カニやらエビやら小魚までもとれた。
ラッキーと思ってちびコンビと岩場漁りをしていたのだが、これが後々あんな大変なことになるとは・・・。

前回の動きの少ない虫かごとうって変わって、今度は多種多様な海辺の生き物が捕れた。

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そしてここでも大量にいたなまこ。
多くは黒くてゴツゴツした種類で、すっかり慣れたちび子はなまこを拾ってはそのあたりに投げまくり(笑)
そしてちょっと違った種類のなまこを発見したので、ちょっと実験。
なまこは強く握ったりと刺激を与えると、内蔵をはき出して威嚇するのだ(大体北にいる種類は本当の腸をはき出して、南にいる種類はキュビエ器官というネバネバとまとわりつく糸状のものをはき出す)。

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ちなみになまこは内蔵をはき出してもすぐに復活するらしく、調べてみるとそのなまこの生命力を生かした化粧品も販売されているらしい。しかし、なまこ石鹸って・・・。
http://www.namaco.biz/

さて、ビーチでくたくたになるまで遊んだあとは、すぐそばの美ら海水族館へ。

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前から来てみたかったのだが、ここの売りのメイン水槽、黒潮の海のスケールは圧巻。
ジンベイザメやマンタが泳ぎ回る圧倒的な迫力は、ここでしか見れないかも。

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ただ、黒潮の海のインパクトが強すぎるせいか、終わってみると「あれ、こんなもん?」という気がしないでもなかった。

続いては歩いて10分ほどの距離にあるウミガメの館へ。
ここではアカウミガメ、アオウミガメ、タイマイがゆったりと泳ぎ回る姿を見ることができる。

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でもウミガメって産卵の時も涙を流すと言われるように何となく表情が寂しげで、体の大きさからすると小さめの水槽に入れられているのは、ちび太とちび子の目にもかわいそうに映ったらしく、旅行中ずっと「かわいそうだったね~」と言ってた。

そして、その夜・・・。
夜はホテルのバーベキューを食べていたのだが、食べている最中から日焼けのしすぎで真っ赤になった背中がジンジンし始めて、ついにはまともに座ってられなくなってしまった。
一足先に部屋に帰って水風呂に浸かるも、あまりの痛さに全身が軽いけいれん状態になるほど。
そこでふと思い出したのは・・・「うわ、これ2年前のギリシャと一緒やん・・・」ということだったのだが、ギリシャでは後先考えないフランス人のために薬局で売っている Apres Soleil なる日焼け後の痛み止めがばっちり効いて復活したのだが、ここ日本では後先考えない関西人のための薬はなし。
結局ベッドに仰向けで全く動けないまま妻に夜中に何度もぬれタオルを替えてもらうという、情けないことになってしまった。
一応薬が無いか電話で聞いてもらったホテルのフロントからは、「お子様ですか?」「あ、いえ、主人です」「え、そうですか(失笑)。どうしてもひどいようでしたら救急車も呼べますので」などという恥ずかしいやりとりもあり、大反省。

4日目。

一晩寝ると(痛みでまともに寝られなかったが)、何とか車での移動はできるくらいには復活。
この日は無理を押してでも出かけたかった先があるのだ。
それは、ひめゆりの塔。

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実際に塔や慰霊碑や第三外科壕を見て、さらに資料館で当時の様子を辿っていくと、想像を絶するほどの戦争の悲惨さが心に突き刺さるようだった。
自分よりも若い学生が、沖縄という戦略上の要地にいたがために自分の意志とは全く関係なく戦争に巻き込まれ、非日常的な従軍活動を強いられ、最後は砲弾が飛び交う中での強制解散により殺され、自決していったその生々しい記録を目にすると、命の危険無く家族幸せに生活していることが如何に有難いかを思い知らされる。

生き残った方達のインタビュー映像が流れていたのだが、皆さんそんな地獄のような環境で生き死にを経験したとは思えないほど穏やかな表情、語り口なのが逆に余計にリアリティをもって伝わってきた。
もう一つ印象に残ったのは、資料館の書きぶりが一貫して敵兵だったアメリカ軍に対する感情的な記載が少なく、逆に当時の日本政府や軍部の作戦とその実行方法に対する非難が中心だったこと。
これは1879年まで琉球藩として独立的な存在だったにも関わらず、そのたった半世紀後の第二次世界大戦で無謀な日本政府の始めた戦争のために本土の捨て石となった沖縄県民の深層心理にも繋がっているような気がした。
そんなひめゆりの塔を少し離れると、普通に米軍基地があり、町中にもアメリカ人の軍関係者の乗る車があふれているという現状は、ニュースで知るよりも実際訪れてみるとすごく微妙なバランスで成り立っているのが肌で感じるし、またそんなデリケートな部分を政争の具にした民主党には怒りを覚える。

そしてこの日の遅めの昼食は、那覇市内にある第一牧志公設市場へ。

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ここの売りはなんと言っても1階の市場で買った魚をそのまま2階の食堂で食べさせてくれるというところ。
折角なので沖縄らしいものをと言うことで、イラブチャー(アオブダイ)をチョイスし、2階へ。

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イラブチャーは半身はお刺身で、もう半身はあんかけでいただきました。

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味は・・・まあ、こんなもんかなという感じ(笑)

そして、楽しかった滞在はついに最終日、5日目に。

この日は少し早めにホテルをチェックアウトして、那覇市内へ。
レンタカーを返す前に目指したのは、世界遺産にも(遺跡が)登録されている、首里城。

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琉球国王が中国から冊封されていたというのは正直知らなかった。
そんな中国との繋がりの方が強かった琉球が、なぜ沖縄県として日本に組み入れられたのかは・・・興味がある人はWikipediaででも調べてみてください。

短くはあったけども毎日が充実していた今回の沖縄旅行、帰ってきてから家で飲んだのは2009年のギリシャ旅行で買ったギリシャワイン。
http://www.domainedereskos.gr/en/wines/domainedereskos1_1/

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ギリシャワインなのに確か30€を超える1本で、お店の人がものすごくおいしいとすすめてくれたのでこれまで飲む機会をうかがってきたのだが、開けてみると確かに旨い!
印象としては、一度だけ飲んだ1975年のラフィットを彷彿とさせたのだが・・・それは言い過ぎか?

思い出が詰まったものは、きっとそのもの以上においしく感じるんやろうね。

2011年夏休み家族旅行@沖縄(1~2日目) [旅行]

2009年はギリシャ2010年はフランス国内旅行(ブルターニュ~プロヴァンス~バスク)と、今から考えると夢のような豪華夏休み旅行だったのだが、今年も負けず劣らず楽しみな沖縄旅行に決定。
ま、ギリシャはフランス本社の社内斡旋販売、フランス国内旅行は子連れだとTGVが激安になるフランスの素晴らしいシステムを最大限活用、そして今年は赴任中にたまったマイレージで自己負担最小で行くという、かなりエコな旅なんだけど。
でも来年以降はとくにあてがないので、どうしますかね。

ちなみに家族全員が初めての沖縄。
行きの飛行機にはかなり遅れそうになりながらも何とか間に合い、いざ出発!・・・と思ったものの、あっさり2時間半程度で到着。新幹線で大阪行くような感覚だもんな。

到着後は何をさておきレンタカー屋へ。
妻が探しに探して予約してくれた(既にかなり予約で一杯だった)ゴーヤレンタカーでホンダのフィットを借りる。

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フィットは初めてだったが4泊5日の旅行期間中に乗り回して、かなり気に入った。
コンパクトなボディに似合わない居住空間の広さが子連れの家族には最適かも。

最初に向かった先は、ゴーヤレンタカーで教えてもらった地元の人オススメの沖縄そばの店、楚辺。

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古民家をそのままお店に利用していて、畳の上でソーキそばと三枚肉そばを頂く。

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本場で食べる沖縄そばは想像以上に薄味で、滞在期間中に食べた食事も全般的に薄味だった。
個人的にはもうちょっと濃いめの味付けが好きなんだけど。

その後は本島北部にあるリゾートホテルを目指して高速を北上。
途中に車中から見える海が既にエメラルドグリーンに輝いていて、都会の喧噪から離れた非日常感で気分は一気にリゾートモード・・・だけど仕事のメールが定期的に携帯に来るので、その度に車を止めて返信。ま、こういう日常との繋がりも悪くはない。

着いてみると、想像以上に大きくて海に近いホテルでちび太とちび子のテンションは一気にMAXに。

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初日はホテル到着が既に午後の遅めの時間だったので、ホテルのビーチへ送迎バスで探索ついでの海水浴に。
結果的にはビーチ自体が小さくてそれほど綺麗でも無かったのだが、併設するプールで泳いでいるとスイミングスクールに約1年通っているチビコンビが思った以上に泳げるようになっていることが判明。
子供の成長は早いもんだ。

プールから上がって後ろの砂浜を眺めていると、何か小さいモノがヒョコヒョコ動いている。
近づいてみると、オカヤドカリだ。
そういえば、小学生の頃小学校の校門でたまにオカヤドカリを売るオッサンが出没して、頼み込んで買ってもらって勉強机の引き出しで大事に育てていたのを思いだした。
(Wikiペディアを見ると、砂の内場所でオカヤドカリを育てると脱皮ができずに死んでしまうらしく、かわいそうなことをしてしまった)

早速ちび太とちび子を呼んでヤドカリ捕りをしてみると・・・

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探せば探すほどいるわいるわ。
15分ほどであっという間に虫かご一杯のオカヤドカリが捕れた。

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もちろんひとしきり捕って観察したあとは、全てもといたところにリリース。

そして2日目。

この日は朝から雨がぱらつく天気だったので、車でOKINAWAフルーツらんどへ。

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園内では、これぞ南国!といったフルーツの木が所狭しと茂っている。

パパイヤに
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おなじみバナナ
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たまに東京でもスーパーに並んでいる、ドラゴンフルーツ
(身はほとんどが赤か白だが、希に珍しい黄色のドラゴンフルーツがあるらしい)
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そしてフルーツの王様(個人的評価)、マンゴー
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ここでは蝶が飛び交う大きなビニールハウスもあり、日本最大級のオオゴマダラを見ることもできる。

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ここで流れている英語での説明メッセージのオオゴマダラが"オウゴンマダラ"に聞こえて気になっていたら、その先にあるさなぎのコーナーで見たさなぎが見事なまでの金色に光り輝いているのには驚いた。

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英語のアナウンスはただの空耳だろうが、このさなぎの金属光沢の美しさは、思わず見とれてしまうほどだった。

そのあとも鳥のコーナーやヤギのえさやりコーナー(なぜ?)が続くのだが、最後の肝心のフルーツバーのようなお店が残念ながらショボかった。
ここで昼飯は南国フルーツを腹一杯食べようと目論んでいたのだがあっけなく失敗。

気を取り直して二日連続の沖縄そばを食すべく、食べログでも評判の高かったきしもと食堂へナビをセット。
思った以上に山の中にぽつんとそびえている感じのお店だった。

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ここのメニューは至ってシンプル。
岸本そばとジューシーという沖縄風炊き込みご飯のみ。

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ここもかなりあっさり味だったが、鰹がしっかりきいた出汁がおいしかった。
食べ飽きてくる後半は少しコーレグースを足すと、違った味で楽しめる。
結局滞在中に食べた沖縄そばではここが一番だったかな。

腹が一杯になったあとはそのまま美ら海水族館方面へ抜けて、車でわたれる小島、瀬底島のビーチへ。




車を降りて、簡易更衣室で着替えて、ビーチに降り立つ会談に達したところから見た景色が・・・こんなきれい・・・というより美しい海水浴場、初めて見た。

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何がすごいって、海水浴場の遊泳区域の中が既に珊瑚礁。
シュノーケルを借りて潜ってみると、普通に熱帯魚が泳ぎ回っているのにもびっくり。
人生初のシュノーケルをいきなり使いこなしてずーっと潜りっぱなしのちび太にもびっくり(笑)

水も綺麗で、海水の温度も最適で、心も体も一気にリラックス。

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でもやることは結局生き物探し(笑)なんだけど、捕まえられるのはナマコかウニかクモヒトデくらい。
ちなみにちび太はクモヒトデは全く触ることもできないのだが、ちび子は平気。

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娘ながら、なんか度胸を感じさせる女だ。

夜はホテル近くまで戻って、食べログ評価がかなり高かったアグー料理のお店へ。

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ここではアグーを各テーブルのせいろで蒸し焼きにして食べるのだが、確かに味はおいしけど正直コストパフォーマンスは悪いのが残念。

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でも、海ぶどうは新鮮でおいしかった。

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夜はホテルに戻って、ちび太が楽しみにしていたシーサーの色つけを体験。
紙粘土でできたシーサーを好きな色で塗っていくのだが、工作好きのちび太もちび子も夢中。

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完成したのが、こちら。
ちび太はある意味正当派スタイル。

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ちび子は「おめめがぱっちり大きいから、ヒーローのシーサーなの!」だそうな。

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妻が横で絵の具の乾き具合を見ながら手伝っていたのだが、妻の言うことを聞いたとおりにやるちび太と、半分聞きながしながらやりたいように塗るちび子、そしてそれを見て「ママのルールに従わないとだめー!」とちび子をいさめるちび太(6歳)と、それすら横目で「ちび子の好きなようにやるの、わかった!?」と反論するちび子(4歳)・・・既に性格がハッキリ現れてて、おもしろい。

盛りだくさんの2日を終えて、後半へ続く。

恐竜王国 中里 [旅行]

まさに日本ならではのムシムシする夏の真っ盛り、行ってきました恐竜王国、中里。
数ヶ月前から予約していたバスツアーでの参加だったんだが、3日前にはじめて話をすると、ちび太の興奮はマックスに。
毎朝6時前に起きては恐竜図鑑を見ながら「ティラノを掘る!」とすごい意気込み。
一方パパは想像以上に仕事が切羽詰まっており、さらに前日相当後味の悪い飲み会をしてしまっただけに(しかも責任の半分は自分だという・・・)、酒も残って気分的にもなんかスッキリしない状態で朝7時半に上野を出発。
目指すは群馬県中里の恐竜センター。




練馬から高速に乗るも、これがまた激混み。
結局目的地に着いたのは12時を大きく回ったころで、既にちょっとみんなお疲れ気味。
それでももっとも楽しみにしていたイベントに直行なので、気分的にはちょっとアゲ気味。
もちろんちび太は最初からここまでフルスロットル。おそるべし。

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そのイベントというのは、化石発掘体験。
親子でハンマーを渡され、指定範囲内にある白亜紀後期の地層から黒い石を目当てに掘る。

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ここでとれる化石は、シジミ、カキ、巻き貝、植物といったもの。
Googleマップで見ても相当な山奥なのだが、ここも昔海だったというのは、改めて考えるとすごい話。

結局炎天下の中掘り続けたが、カキの貝殻の化石の混じった石とシジミ・・・が接していた跡が付いた石を発見するのが精一杯。
ちび太には「ティラノとかアンキロを見つけるのは、あのケン・カーペンターでも20年くらいかかるんだよ」と逆に慰められた。
ちなみにケン・カーペンターとはヨロイリュウ研究の世界的な権威だそうで、ちび太が今もっとも会いたい人らしい。
なんかいつの間にやらマニアックに育ってるんですけど(笑)

そしてそこから歩いて50メートルほどにある恐竜の足跡を見学。

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真ん中の穴のような者が大型の二足歩行恐竜の足跡だそうで、下から右上に斜めに走ってる跡はどうやら二匹の恐竜が歩いた跡らしい。
表面全体がモコモコしているのは、昔浅瀬の波打ち際だった証拠だという。なるほど。

その後は恐竜センターに戻っての昼食。
事前にイグアノ丼なるものを予約していたのだが、来たのはこれ。

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参加した大人が口には出さないものの、「えー、これスカスカの牛丼やん!」と誰しもが目を合わせた横で、チビ連中は「すっごいおいしい!やっぱイグアノ丼すごい!!」と興奮しながら食べているので、誰もそれを口に出せず。
ちなみにもう一つの選択肢だったプテラノ丼はもっと哀愁漂う、焼き鳥の照り焼きがご飯の上に間隔を大きく開けながら散らばった一品でございました。

その後は館内で化石のレプリカを石膏で作ったり、

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展示されている化石をゆっくり見て回ったり。

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ちなみにこの化石は僕もちび太も一度見てみたかった、プロトケラトプスとヴェロキラプトルが戦ったままの状態で残っているかなり珍しい一化石。
ちび太は興奮気味に、「これ見たかったんだよ!きっと戦ってる最中にものすごい大きな砂嵐が来てそのまま埋まっちゃったんだよ!」とまくしたててた。
確かにこの躍動感のまま化石になるのはすごいなあ。

そして恐竜シアター(これまた想像を良い意味で上回る完成度)を見て、帰路東京へ。
またもや大渋滞に巻き込まれ、上野に戻ったのは夜9過ぎと、合計10時間ほどはバスの中だった一日で相当疲れたが、ちび太とはじめて二人で旅行して、パパとしてもすごく思い出に残る一日だった。
気分的に仕事から吹っ切れなかったのは大きな反省点だけど。

上野に着く頃にハラペコのちび太がマグロが食べたいというので、今日は最後までちび太の日にしてやろうと、上野のすしざんまいへ。
まぐろづくしを堪能して、最後まで大満足の二人でした。

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大人の社会科見学ソリューション@浜松 [旅行]

いやはや、なんとも盛りだくさんで充実した週末だったな。

金曜日の夜にまずは飲み会を終えて夜11時前に同業他社のK氏と待ち合わせ、帰宅。
そして土曜日は朝5時半起きでK氏と共に向かった先は、用賀。
そして用賀で残り3人のメンバーと合流して、向かった先は・・・

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そう、浜松(お台場ちゃいまっせ)。
今週末は楽しみにしていた同業他社(元含む)仲間での大人の社会科見学@浜松ツアーなのだ。
仕事を離れ、家族からも離れ、向かった先がまずガンダムとは・・・「認めたくないものだな・・・自分自身の、若さ故の過ちというものを」

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隣接するプラモデル記念館にはガンプラやその他歴代のプラモデル商品が満載。

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シュールすぎやろ、これは・・・。
シュールと言えば道中の車で他称運転手のE氏もシュールなコメント満載で、同乗者にある一定以上の理解力を強いる逆ニュータイプだったが、そこはザクとは違う手練れの同乗者が時には袈裟切りで捌きながら旅は進む。

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石松餃子は、お値段通り・・・ではなく、値段と並んだ価値以上に実に旨かった。

そして舞台はさらにシュールなエリアへ。

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鍾乳洞の中の岩のネーミングセンスも素敵なら、入ったとたん腹痛により脇目もふらず(メインの地底の滝はチラ見)まっすぐに400メートルを駆け抜けたK氏(その2)も素敵。

その後はホテルに戻り、K氏(その3)の家にお呼ばれして手巻き寿司&バカ舌利きビール大会。
ここに書くのがはばかられるほど高尚な飲み会でございました。
K氏夫妻、本当にありがとうございました。

翌日は帰らざるを得なかった数名が早朝に帰京し、残ったメンバーでスズキ歴史館へ。
これは昨日とはうって変わって人生や仕事のモチベーションに繋がる(昨日のイベントもある意味モチベーションアップに大きく繋がったけど 笑)、感動的な資料館だった。

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やっぱり経営者のビジョン、リーダーシップ、チャレンジ精神が企業の成長には欠かせないと痛感。
織機から始まったスズキ自動車が自動車開発へ大きくシフトして、第一号のスズライト、スズキ360、アルトと次々に常識を打ち破るヒット商品を会社全体がストレッチされながらも開発していくストーリーは正直感動した。

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パキスタン、インド、ハンガリー、中国への進出をかなり前から実施しているグローバル感覚もすごい。

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ひとしきり感動した後は、浜松の鰻を堪能。

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これまた絶品でした。

最後は鰻繋がりで夜のお菓子の工場見学へ。

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・・・ここは受付から最初の15メートル程でほぼ見学が終了するという画期的なシステム(笑)。
帰りを急ぐK氏と僕にはちょうど良いボリュームで、ある意味良かったかも。

そして一路東京へ戻り、楽しかった週末もあっという間に終了。
家族旅行や一人旅行では味わえない、独特の濃い時間を過ごせてなにより。

旅行の段取りから宴会から、何から何までして頂いたK氏夫妻、本当にありがとうございました。
既に次回の開催が楽しみ。

フランス田舎紀行~Saint-Jean-de-Luzへの旅(5~7日目) [旅行]

えらく時間が掛かってしまったが、1ヶ月にも渡る最後のフランスでのバカンスの締めくくり記事。

バスク滞在日目は、先日のスペインとは逆方向に北上して生ハムで有名なBayonneへ(バイヨンヌ、ちなみにバスク語ではBaiona)。
Saint-Jean-de-Luzからはバスで30分ほどで到着。
バス停周辺は至って普通だったが、しばらく街の中心部に向かって歩くと路地の先に突然現れる大聖堂(サント=マリー大聖堂、別名ノートルダム・ド・バイヨンヌ)がいかにもフランスの地方都市らしくて美しい。

川を渡って大聖堂の対岸方向に歩くとSaint-André(サン・アンドレ)教会があり、これもまた歴史を感じさせる佇まい。

ちなみに5歳のちび太と3歳のちび子には、旅行で違う国やフランスの地方に行くために、「ここは○○の国(地方)なんだよ。」と説明している。主に食べ物で。
先日行ったロンドンはトーマスの国で、ローマはパスタの国。
そしてもちろんここバイヨンヌは生ハムの国!(地方だけど)
生ハム大好きなちび太はランチで入ったレストランで注文したassiette de jambon cru(生ハム一皿)にかぶりつき。
パリで食べるよりも厚くスライスしたために心なしか脂身の角がカリッとするほど立っている生ハムは一皿山盛りで6.5ユーロ。素晴らしい・・・けど写真は取り忘れた。

食後は大聖堂まで散歩したり、バス停近くの公園でのんびり過ごしたり。

公園のベンチに座っていると、改めて数年前までは想像だにしなかったのに今こうしてフランスに来てスペインとの国境近くの街でバカンスを過ごしている事が何とも不思議に感じる。
でも、これもまたC'est la vie。

そして翌日は不運にも雨。
仕方ないのでマルシェで買い物をして家でゆっくり料理をすることに。
この買ったのはマグロの切り身・・・ただ、切り方が日本人的にはあり得ない切り方で、しかものこぎりのような包丁で切るので断面もグザグザ。ああ、なんて勿体ない!!

頭から尻尾まで輪切りって!!
折角鮮度も悪くなくて小ぶりながら美味しそうなマグロなのに、なんと勿体ない。
結局このままソテーして醤油をかけて食べた(以外と美味かった)。
食べきれなかったのだが、災い転じて福となすというか、残りは最終日に帰る際にTGVの中で食べるおにぎりの具としてツナマヨネーズとなった(これまた美味かった)。

夕方港まで散歩し、この日は終了。

翌日はガイドブックを見て僕がどうしても行きたかったSare(サール村)へ。
ここはいくつかの条件を満たすことで認定されるLes plus beaux villages de France(フランスの美しい村)に登録されている小さな山間の村。

確かに街並みは美しい・・・のだが、美しい村に登録されたせいかあまりに観光客が多く街自体も観光地化しているのにちょっと幻滅。
やっぱりガイドブックに載っているところに真の「らしさ」は無いのだと痛感。
それでも少し奮発して眺めのランチを取ったレストランの料理、特に子牛のソテーは絶品だったので結果的には大満足。

食後は帰りのバスが来るまで村はずれの畑をブラブラ散歩。
観光地化してるとは言え、景色は実に牧歌的で開放感たっぷり。

散歩をしながら、こういう場所に気軽に来れてのんびりと時間を過ごせるフランスでの駐在期間が如何に人生の中でそして家族全員にとって特別で素晴らしい時間だったかをしみじみと思い、そういう機会を与えてくれたお世話になった人々にただ感謝の気持ちで一杯だった。
特に子供達が、本人達は大人になれば殆ど覚えていないだろうが、情操教育にとって恐らく非常に大切な時期を、たくさん旅行をして、違う文化に触れるという得難い経験をしながら過ごせたことは素晴らしかったと思う。
いつか家族全員でもう一度フランスに来て、住んでいたパリの16区や旅行した街を巡ってみたい。

そんなこんなで最後のバケーションは思い出いっぱいで無事終了。
記憶だけではなく、バカンスに幾たびに買いそろえていった冷蔵庫に張っているMagnetite(マニエット=マグネット)も随分たまった。

マニエットの数は、家族4人の大切な思い出の数。素晴らしい、幸せな日々の証。


フランス田舎紀行~Saint-Jean-de-Luzへの旅(3~4日目) [旅行]

バスク滞在3日目は、朝から天気がすぐれない。

後から聞いたところだと、この地域はリゾート地として有名にもかかわらず夏の天気は必ずしも毎日快晴ではないらしい。
というのも、大西洋岸ではロンドンからバスクまで雲が大きく南北に循環してくるからだとのこと。
また年によってバラツキも大きく、2009年は8月は2週間ずっと雨が続いたりしたらしい。
今回は結局一週間の滞在のうち2日間雨に見舞われたのだが、まあそこそこラッキーだったのかもしれない。

小雨がパラついている天気だとは言え、だからといって家に閉じこもっていては勿体ないので、午後は晴れてくると信じてバスで少し遠出してみることに。
向かった先はスペインとの国境を越えた、スペイン領バスクのバスク語でHondarribia、フランス語でFontarrabieという街。
まずはホテルから20分ほどバスに乗ってHendaye(アンダイエ)という街に向かい、そこからは船でスペイン側へ渡ることとなる。

時間にして1時間強で、スペインに到着。
もちろんパスポートチェックすらなし。

とは言えそこはすっかりスペイン。
街の雰囲気も、人々が話している言葉も、生まれて初めての海外旅行だったスペインへの新婚旅行で気に入ったBar(バル)も、全てフランスとは違う。

となるともちろん期待するのはスペイン料理。
生ハムにアンチョビにタコのガリシア風に・・・久々に食べたけどどれも実に日本人好みの味。
オカンとその姉も全く抵抗感なく食べられる味にご満悦。

満腹になった後は、夜飯を堪能するために(笑)ひたすら市街地を歩く。
これが想像以上の街並みで、旧市街地はまるで中世にタイムスリップしたような路地が続いており、ゆっくりと流れる時間の中で変わらないことの素晴らしさを感じさせられるような雰囲気に満ちていた。

旧市街地を抜けたメインストリートの裏手にある小高い丘に登ると(といっても野外エスカレーターが着いていたので乗っただけだが)、市街地を一望に見下ろせる。
こうしてみると、景色や家のスタイルはフランス領バスクとそれほど変わらないことが分かる。

ただ、この頃になると既にフランスに来て2週間以上が経過して始めはおっかなびっくりだったオカンとその姉の要求が段々エスカレートしてきて、ついには「インフォメーションセンターにいたイケメンのスペイン人のお兄ちゃんと写真が撮りたいから通訳して。」等と言い出す始末(笑)
言われるがままにオススメの散歩ルートを教えてくれたイケメンにお願いして、快く了解してもらったのだが、お願いするときに「あなたがあまりにカッコイイから何とか一緒に記念撮影して欲しいらしくて。」というとさすがにラテン系のスペイン人でも顔を真っ赤にして照れてたな(笑)

そして夕食を食べて、ワインもしこたま飲んで船でフランス側に着いたまでは良かったのだが、バス停にたどり着いてみるとなんとSaint-Jean-de-Luz行きのバスが19時半に終了している(このとき既に10時過ぎ)。

いきなり海岸沿いに取り残されてしまったのだが、結局近くのレストランにお願いしてタクシーを手配してもらい、何とか無事帰還。
一瞬野宿も覚悟したが、まあ何とかなるもんだ。

次の日は朝からマルシェに行って食材の買い足し。
この日は魚屋に新鮮な魚介類が揃っていたので、大きめのカサゴを買ってアクアパッツァを作ってみることに。
他に入れるのは小イカやアサリ、エビなど。

で、完成。で、激旨(もちろんこれだけ魚介類を入れて煮てまずくなるはずもないが)。

付け合わせに買ったCœur de bœuf(牛の心臓)と呼ばれるトマトも、トマトの味が濃厚に凝縮したようで驚くほど美味しかった。

午後はビーチでチビキッズを連れて海水浴&砂遊び。
ただ過ぎていく時間。ああ、なんて贅沢!

夜は持参してきたワインの中で楽しみにしていたChâteau La Tour Haut-Brionの2005年を抜栓してみたが、正直ちょっと期待はずれ。うーん、残念。

つづく。


フランス田舎紀行~Saint-Jean-de-Luzへの旅(1~2日目) [旅行]

本帰国前、最後の1ヶ月に渡るフレンチバケーションのトリを飾るのは、1週間のPays-Basque(バスク地方)への旅。
今回もバカンス最初のブルターニュ旅行と同じく、個人が貸している家を借りてそこでの生活。
プロヴァンス編に引き続き、日本から来ている母(from 京都)とその姉(from 徳島)を連れての旅だったが、残念ながら数ヶ月前に既に予約していた家は最大で5人までとなっていたために駅前のホテルを別に取ることになった。
バカンスの旅に何とも言えない日常から非日常への切り替わりを感じた、窓の鉄枠を閉じた室内を玄関から眺めるのもこれが最後かと思うと、少し切ない。



さて、バスク地方がどこにあるかというと、大西洋岸のまさにスペインとの国境近くにある。




この地域はかなり特殊で、遡って紀元前から独立したバスク国として存在していたのが、16世紀にフランス領とスペイン領に分割されて出来たため、今でもフランス側、スペイン側ともに独自の文化や言語(バスク後)が色濃く残っている。

また、同僚曰くバスク地方出身者は力自慢が多く、フランスのラグビーのナショナルチームの多くがバスク出身らしい。

フランス領バスクのメインの都市は生ハムで有名なBayonne(バイヨンヌ)や大西洋岸最大のリゾート地であるBiarritz(ビアリッツ)なのだが、今回滞在したのはSaint-Jean-de-Luz(サン ジャン ド リュズ)という小さな街。
パリのモンパルナス駅から5時間半かけて到着した頃には、既に夜9時半(でもまだこの明るさ)。

オーナーに電話するとなんと駅前迎えに来てくれるとのこと。
子供達が疲れ果てていたので、これは助かった。
しかも会ってみて驚いたのだが、オーナーがかなり日本語がペラペラ。
何でも20年前くらいに日本で働いていたらしく、「西武で働いていました。堤さんとね。」と言ってたが、具体的には聞かなかった(それでも凄いが)。

その日本で稼いだお金で買った別荘(完全に勝手な思い込みだが 笑)は、こじんまりとしていながらも使い勝手の良い家だった。

2枚目の写真の棚にあるのは見たまんま炊飯器なのだが、ブルターニュに続いてなんと今回も炊飯器&米20合持参。
そしてもちろん初日にやることと言えば鍋いっぱいのカレーライス作り。
もはや定番です。

次の日に家から50メートルのビーチに出てみると、目の前には真っ青の大西洋が。
今回の夏のバカンスではブルターニュで大西洋(北)、マルセイユで地中海、そしてここバスクで大西洋(南)と3つの海を堪能したのだが、海の色や波の高さ、海岸の景観などがどこも違っていてそれでいてどこも素敵だった。

海岸沿いを歩いて行くと港があり、バスク調の家の前に漁船が停泊している。

漁港があるだけあって、街中のマルシェの魚屋は鮮度抜群(でもまだ日本のスーパーの魚屋の方が取ってからの魚の取り扱いが良いせいか、さらに鮮度が良いのに改めて驚いた)。

街中は、またフランスの他の地方とも違う景観の路地が続き、多分に観光地化されていながらも歩いていて飽きない。

この小さな街の唯一のウリは、1660年の太陽王ルイ14世とスペイン王女マリー・テレーズが結婚式を行ったEglise Saint-Jean-Baptiste(サン・ジャン・バティスト教会)があるということ。
教会脇の石版にもその旨が刻まれている。

しかしこの頃から既に国を超えた政略結婚が行われているのがヨーロッパの凄いところだ。
ルイ16世と結婚したかの有名なマリー・アントワネットもオーストリア大公のマリア・テレジアと神聖ローマ皇帝のフランツ1世シュテファンの子供だし、改めてヨーロッパ人の国を超えた行き来のしやすさに驚く。
一方で全く質の違う存在ではあるが、日本の皇室が世界最古の王室・皇室としての存在を日本国内で政略的に利用されずに続いていることにも対極的な感慨がある。
もちろん帝を要する勢力が官軍であるという意味で平安時代から幕末までその存在は政治的に利用されてきたわけだが、少なくとも他国との関係を気付くために利用された事はない。
陸続きのヨーロッパと違って地理的な状況に因るところはものすごく大きいが。

そんなことを考えながら教会の前を通り過ぎてビーチに戻ると、既に海水浴客で一杯。

結局この日の午後はカレーを作ったり、フランスのショコラ(チョコレート)の歴史が始まったこの地でチョコを堪能したり・・・

駅前の移動式メリーゴーランドでチビキッズを遊ばせたり・・・

そうこうしているうちにやっと夜10時頃になって日が暮れ始める。

そして日曜日の夕暮れ後には・・・待ってました、it's a show time!!

港のすぐ脇のカフェのテラス席が並ぶ小さな広場の特設ステージでミュージシャンのライブが始まるわけ。

夏の海、夕暮れ時の生演奏というだけでも開放感たっぷりなのに加えて、さらにスペシャルな演出が。
それがこれ、紙吹雪(一袋2.5ユーロ)。

ロックバンドの演奏を聴きながら、これを誰彼構わずに投げまくるのだ。
こんな原始的な行為が、何故かひたすら楽しい。
周りのフランス人もドイツ人もアメリカ人もイギリス人もスペイン人も、大人も子供も老人も、とにかく紙吹雪を投げ合う。
気付けばちび太とちび子のみならず、僕も妻も、オカンもその姉も(笑)紙吹雪投げまくり。
そしてクリクリ頭のちび子には紙吹雪がドッサリ。

思いっきり童心に返ってナイトイベントを堪能して、3日目へつづく。


フランス田舎紀行~Provenceへの旅(Marseille編 その2) [旅行]

前日に訪れたマルセイユがあまりに印象的だったので、この日も朝から高速バスでマルセイユへ。
最初の目的は昨日大混雑していたIle d'IfとIle de Frioulへのボートに乗ること。
Vieux Portに着くと昨日と同じく魚を売る屋台が並んでいたのだが、昨日見たときは既に鮮度が下がっており、売れ残りの魚が氷ではなく水に浸かっていたために「もう少しきれいな状態で売ればいいのに」と思いながら見ていたのだが、帰って調べてみるとこの屋台は朝漁船が帰ってきてそのまま屋台の台に釣った魚を海水ごと放してその場で売るらしい。
つまり朝イチでこれば鮮度最高の魚がよりどりみどりということ(もうこの日は正午過ぎになっていたけど)。

日曜日の昨日は大混雑(大半が中国人観光客の団体だったが・・・余談だが、観光客の多いフランスで生活していると日増しに中国、ロシア、インドからの観光客の数が目に見えて増えてきている)していたボートの切符売り場もこの日は少し並ぶだけで買えた。
前回のブルターニュでも島に行ったが、こうやって小さなボートで洋上に出るのは開放感いっぱいで実に気持ちいい。

前方の地中海は少し天気の悪いこの日でも十分に美しいのだが、それにも増して船が進むにつれて段々と遠ざかる背後マルセイユの街がこれまた素晴らしい景観。

港を出て20分ほどでIle d'If (イフ島)に到着。
聞いてみて驚いたが、この島は有名な小説『巌窟王』でモンテクリスト伯が幽閉された、まさにその島。
島自体は非常に小さなもので、その小さな島に小さな砦のような建物がある。

今回はこの島で降りることはせず、隣の大きなIle de Frioulで降りることに。

この島からはイフ島とマルセイユの街が遠望できる。

ちょうど昼時だったので、この島でランチ。
マルセイユと言えばBouillabaisse(ブイヤベース)が有名なのだが、ブイヤベースは少し高級なレストランで食べないと美味しくないという話を多く聞いていたので、その代わりにSoupe des Poisson(魚のスープ)を。

いわゆる魚介類のごった煮なのだが、ちょっと塩味がキツすぎた。

やっぱり海辺の街に来てもいつも痛感するけど、魚介類の食べ方において日本の右に出る国はない。
以前パリでディナーをした際に偶然隣に座った寿司屋を経営するフランス人と話をした時に、日本とフランスの流通技術の差のせいじゃないかと言ってみたところ、彼曰く流通以前に漁師の意識からして全く違うらしい。
実際に毎年何回も日本に行ってはそれぞれの漁港で漁船に乗って漁に同行したりしているらしいのだが、その度に漁師が釣りたての魚を扱う丁重さに驚くらしい。
彼曰く、フランスの漁師は単に網から外して氷もない船上にほったらかしで、そしてそれが当たり前になっているが故に市場側でも鮮度の差による大幅な値段の違いもないためインセンティブも働かないらしい。

閑話休題。水が綺麗で港の桟橋の下にも大きな魚がうようよしていたので、釣り竿でも借りてちび太と釣りをしようと思っていたのだが、残念ながら雨がかなり降り出したのでマルセイユに戻って市街観光をすることに予定変更。
となると目指すのはどこからみてもその姿の見えるNotre-Dame de la Garde(ノートルダム・ド・ラ・ガルド寺院)へ。

バスで頂上まで登ってみると、下から見ていた以上に小高い丘になっており寺院の前からはつい先ほどまでいたIle de Frioulやマルセイユの街が一望できる。

こうして街を一望すると、南仏特有のレンガ屋根が見渡す限り連なっており、街中がうっすらピンク色に見える。
パリのモンマルトルやリヨンのフルヴィエールの丘からもこのように市内を一望することが出来るが、見る度に思うことはフランスの街がその景観を大切に保っていることだ。
特にこのマルセイユの街並みは圧巻で、街の景観を汚す仲間外れ的な建物がほとんど無い。
東京や京都の街並みと比べると、景観よりもそれぞれの建物の利便性や広告・ネオンの視認性を重要視してきた(というより街全体の景観を考えるという視点がなかった)日本との違いが、「木を見て森を見ずvs森を見て木を見ず」のような価値観や考え方の違いにも通じているようで面白い。

そしてこの教会の中も実に印象的。
ローマ・ビザンチン様式の赤と白のモザイク模様が、ゴシックやロマネスク様式の教会と全く違うきらびやかな雰囲気を創り出している。

まさかマルセイユにまで足を伸ばせるとは出発するときには思ってもいなかったが、東京と関西に通ずるパリに対抗するフランス第二の都市(しかも対抗意識をお互いに燃やしているところまでそっくり 笑)として一度は来てみたかったのでこれはうれしかった。

街中に日の光が満ちあふれながらも、8月上旬にもかかわらず朝夕は少し肌寒いほどの爽やかな気候に感動した南仏の旅だった。

Blogを読んでくれている人には申し訳ないのだが、それでもまだフランスのバカンスは続くのであった。

バスク編へ続く。


フランス田舎紀行~Provenceへの旅(Marseille編 その1) [旅行]

既に2日間でエクサンプロヴァンスの街は見尽くしてしまったため、3日目からは長距離バスで遠出をしてみることに。
ホテルで聞くとMarseille(マルセイユ)行きのバスが20分おきに出ており、25分ほどで行けるとのことだったので、これは行かない手はない。

マルセイユではバス乗り場から地下鉄に乗ってVieux Port-Hôtel de Villeへ。

地下鉄の駅の階段を抜けて地上に出てみると、いきなり眼前に広がる地中海の港とそこに浮かぶ数え切れないほどのボート!今まで内陸部のみを抜けてきたので、感動もひとしおで、しばし茫然としてしまうほどの景観だった。

港に沿って歩いて行くと、程なくして眼前に地中海の水平線が広がる。

月並みな表現だが、太陽の光に反射する波が宝石のようにキラキラと輝き、映画のワンシーンのような光景。
同じ海でも先週旅行したブルターニュで見た大西洋とは水の色や海岸の雰囲気が全然違う(ブルターニュはかなり波際に海草が多く、でもそれが妻のフランス語の先生曰く「ヨードがたくさん含まれているので身体にも良い(?)」らしいが)。

海沿いの歩道からは岩場へ直接降りれる場所がところどころ設けてあり、みんなのんびり泳いでいる(これもまた泳いでいる人がほとんどいないブルターニュとは違う)。

こうなったら泳がないわけにはいかず(もちろん水着は持参)、海沿いのレストランでイカのフリットを食べた後(これがニンニクが効いて旨かった!)、ビーチでしばし遊泳。

マルセイユに折角来たのに観光もせずただのんびりと海で泳ぐとは、贅沢と言えば贅沢だし勿体ないと言えば勿体ない(笑)

結局そのまま一日を過ごし、夜はエクサンプロヴァンスで夕食と食後の散歩。
この日はベトナム料理を食べたのだが、これまた最初乗り気ではなかった母と叔母も食べ始めると大絶賛。何事もチャレンジが大切。

マルセイユ編その2へつづく。


フランス田舎紀行~Provenceへの旅(Aix-en-Province編) [旅行]

Aix-en-Provence(エクサンプロヴァンス)という街の名前は正直今回来るまで聞いたことがなかったのだが、思った以上に大きい観光地だったのに驚いた。
難点はTGVの駅から市街地まで車で15分ほど離れていることなのだが、街並みはいかにも南仏らしい石造りでレンガ屋根の建物が続いており、プロヴァンスに来たんだな~という気持ちにさせられる。

滞在したアパートタイプのホテルの部屋からは、Paul CEZANNEが描き続けたSainte-Victoire山がよく見える。

エクサンプロヴァンスはセザンヌが生涯を送った街であり、街中の至る所にセザンヌゆかりのプレートや銅像などがある。

ここで乗ったプチトラムでも現存するセザンヌが生活していた家や街から少し離れたアトリエなどを回った。

また、街の名前がラテン語のアクアから派生して生まれたとおり、街の至る所に噴水があるのも印象的。

中には24度の温水が湧き出る温泉の噴水なんかもある。
アルルもそうだったが、歴史的背景や現存する建造物に加えて噴水の多さからもフランスというよりはイタリアのイメージに近い。
しかしながらメインストリートであるCours Mirabeauは旧市街とは大きく景観が異なり、かなりアメリカっぽい(行ったこと無いけど 笑)。

実際アメリカ人観光客が非常に多く、ピーター・メイルの小説が以前大ヒットしたことも大きく貢献しているらしい。

そんなミラボー通りを歩いていると、道ばたで絵(カリグラフィー)を描いている人が妻と共に妙に見覚えがある気がしてならない。
意を決して話しかけてみると、やはりパリの家の近所の商店街でよく見かけた人だった。
聞くと半年はパリで仕事をし、残り半年はこういった地方都市を巡業しながら街頭で絵を描いているらしい。
色々話しているうちに日本へも行ったことがあることや、本人は台湾出身なのだがこのようにして街頭で絵を描きつつも中国系の人たちにカリグラフィーを教えていることなどを伺った。
年末には日本(しかもうちらが住む予定の浅草)へも行く用事があるらしく、時間が合えば日本で再会できるようにと連絡先も教えてもらった。
もちろんこの縁を生かしてちび太とちび子の名前を書いてもらった。

エクサンプロヴァンスはアルルよりは大きな街なのだが、それでも1日あれば十分に散歩しながら回れる大きさ。
場所によって昔の面影を残す旧市街地(こんな爽やかな観光地でも、ペストが大流行したころには10万人以上が犠牲になったような過去もある)や貴族が住んでいたエリア、観光客で賑わう大通りなど表情が多彩。

また、毎朝午前中には旧市街地の中に巨大なマルシェが出現。
野菜、肉、魚、花、衣類、靴、雑貨と物によってエリアが分かれており、全てを総合するとパリでも有数なイエナのマルシェの数倍の大きさ。

やはり南仏らしく、トマトやハーブの品揃えも豊富。

エクサンプロヴァンスには計4泊したのだが、最初の2日間は街歩きを楽しんだ。
そしてランチには母と叔母にとっては少しチャレンジングなメニューを。
例えばインフォメーションセンターで教えてもらったクスクスのレストラン。
ここで食べた子羊のタジンは想像を遙かに超える美味しさで、最初警戒心の強かった母達も全然大丈夫だった。

こんな街でも日本食を出す店はあることはあるのだが、ほぼ間違いなくまがい物で(もちろん決して入りはしないが)、特にひどかったのはこの店。

中華&日本食レストランで名前もPEKYOって・・・。

そして夜ホテルで飲んだアルルで買ってきたChateau BeaucastelのChateauneuf-du-Pape 2005はこれまで飲んだローヌワインの中でダントツに美味しかった。
Chateauneuf-du-Papeで許される13種類のブドウ全てを「多くの品種をブレンドするほど複雑味が増す」という信念の元で作ったワインは、ブルゴーニュの単一品種ワインとは全くベクトルの違う美味しさがあった。旨い物はどちらも旨い。
しかしフランスの現地ですら60ユーロ弱するこのワイン、日本じゃとても買えないわな・・・。

つづく。


フランス田舎紀行~Provenceへの旅(Arles編) [旅行]

最後のフレンチバケーション第二弾は、京都とから母親とその姉である叔母をパリに招待してのProvence旅行。
これは以前から決めていたわけではなく、折角フランスに1ヶ月も滞在することになったので、パリだけではなく出来る限りカントリーサイドも見てみようと急遽決めたもの。

今回選んだルート(結果的にだけど)は、Arlesに2泊、Aix-en-Provenceに4泊という一週間の南仏旅行。
南仏へはこれまで社内のオフサイトミーティングでAvignonに一度行ったきりだったので夫婦共々一度ゆっくり回ってみたかったのだ。
まずはパリのGare de Lyonから3時間強かけてArle駅へ。

駅に着いてからタクシー乗り場に全くタクシーが来ず、駅にあるタクシー会社に電話しても「乗り場で待っていたらそのうち来るよ」と言われて待つこと小一時間でやっとタクシーが捕まったというちょっとしたトラブルもあったが、ホテルに着いてみるとロビーの奥にコンスタンティヌス帝時代の遺跡がガラス張りの床から見えるような雰囲気の良い場所で良い雰囲気だったのでまずは一安心。

Arles(アルル)は本当に小さな南仏の田舎町に過ぎないのだが、この小さな街が有名なのは2つの理由がある。
一つは、紀元前3~5世紀にかけてローマ皇帝によって軍事遠征の際の拠点として大いに活用され栄え、特にコンスタンティヌス1世に気に入られたために街中に今でも残るローマ浴場などが建設されたこと。
ちなみにコンスタンティヌス2世はこの街で生まれ、続くコンスタンティヌス3世はこのアルルの街を都としたほど歴史がある街だったりする。
実際街中には当時の浴場やコロッセオが今も残っており、フランスの田舎街というよりは小さなローマを感じるような場所も多い。

すぐ側にあるLe Theatre antique(古代劇場)は今は最新の音響設備が備え付けられ、コンサートなどに利用されているらしい。

街の中心にはPrimatiale St Trophime(サン・トロフィーム教会)とオベリスクが立つ広場がある。
この教会も小さな街ながらロマネスク調の正面彫刻や内部のタペストリーなどが素晴らしい。

そして二つ目には、かの有名なVincent van Goghが滞在して数々の作品を残したということ。

例えばホテルのすぐ裏には有名な『夜のカフェテラス』を描いたカフェがあり、

夜になるとまさにゴッホの絵の通りのカフェに(最もカフェ自体はゴッホの作品以降に作品にあわせて改装されたそうだが)。

そこから少し歩けば今度は『アルルの病院の庭』の庭(今はHôtel-Dieuとなっているが)がある。

もう一つの有名な風景画である跳ね橋は街の中心地から数キロ離れた場所にあることと、現在ある跳ね橋はゴッホが描いた場所と離れたところに絵にあわせて再現しただけのもであるために訪れなかったが、それでも街の至る所にゴッホゆかりの場所があり美術史を専攻した母親と妻に取っては良い思い出になったようでなにより。
個人的には最も好きな絵画はオルセーにあるゴッホの『オーヴェールの教会』なんだけど。

翌日はプチトラムで市街見学。

コロッセオに再度行ったり、ライオン橋を見たりと改めてアルルの見所を堪能。

午後にはチビコンビはホテルのプールで泳ぎまくり(といっても常にパパかママのサポートがいるけど)。

夜はカフェテラスでゆっくり食事をしたり、翌日は店内で流しのギター演奏を聴きながらワインを飲んだりと、これまた田舎街ならではのゆっくりした時間の流れの中で積もる話を色々と。

そして3日目には気に入ったサンドイッチ屋で昼食を買い込んで、Avignon経由で次の宿泊地であるAix-en-Provenceへ。

つづく。


フランス田舎紀行~Locmiquélicへの旅(6~7日目) [旅行]

Locmiquélic滞在中最後のイベントは、またもや例のタクシーにお願いしてのCarnac&Quiberonツアー。
午後一時に迎えに来てもらって、いざ出発。

Carnac(カルナック)という街の名前はケルト語の"小高い丘"から生じており、街で最も有名かつ重要文化財になっているのは、イギリスのストーンヘンジに似た石が並び立つ遺跡だ。
かなり広大な草原に紀元前3000~5000年前に作られた石の遺跡が数千体建ち並んでおり、見て回るだけで相当時間が掛かる。
なので、今回はチビ達も退屈しないようにとタクシーのおじさんも同乗でプチトラムで廻ることにした。

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・・・なのにトラムに乗り込んですぐにチビコンビは爆睡。結局50分のツアーの最後まで起きなかった。

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その後は再びタクシーでQuiberonの街へ。
Quiberonは大西洋に張り出した半島にある街なのだが、先日行ったビーチと打って変わって街の周辺は激しい並みが絶壁の岩場に打ち寄せる光景が続く。

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とは言え厳しさの中にも時折美しい入り江やヨーロッパらしい海辺の古城の景色が浮かび上がったり。

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子供達がグズり始めたので滞在している家に戻り始めたのだが、途中で立ち寄ったカフェで運転手のおじさんと一緒に小休憩した。
車内では日本人同士で話すことが多かったので、このカフェでは出来る限りそのおじさんと話そうと思ったのだが、なんと驚いたことにこちらがお願いして小休憩に立ち寄ってもらったにもかかわらず
、大人4人子供2人のうちらの飲食代をごちそうしたいとの申し出。
むしろこれまでの無理なお願いに恐縮していたので最初からおじさんの分はこちらで出そうと思ったのだが、「これがBretonのやり方なのさ。」といって譲ってもらえず、結局ごちそうになってしまった。
もちろんその分は最後にタクシー代を払うときに日本人のやり方で払わせて、といってお返しはしたが、何とも暖かいフランスの田舎の人情に触れてものすごく心地良い時間を過ごせた。

夜は午前中にPoissonniereで買ったlangustine vivente(活アカザエビ)をふんだんに使ったトマトパスタを。
パリだと3倍近い値段になる贅沢パスタだ。

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完成したパスタは写真を撮るまでもなく全員であっという間に完食したが、美味しかった。
今回はカルボナーラも美味しくて、料理はおおむね大成功だったかな。

そしていよいよ最終日。
この日金曜日はGrand Rue(と言ってもパリの裏路地くらいなんだけど・・・)にマルシェが立つ日。
小さいものの見ていて飽きないマルシェだった。

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人生でこの先こんなにのんびりと過ごす一週間が次にいつあるんだろうかと思わされる日々だったが、全く知らなかったフランスの田舎の田舎の小さな街で素晴らしい時間を家族で過ごすことが出来た。

それでもまだフレンチバケーションは続くのであった。

フランス田舎紀行~Locmiquélicへの旅(3~5日目) [旅行]

3日目は船に乗ってÎle de Groix(グロワ島)へ。
ちなみに、位置関係をGPS機能付きのHX5Vで撮った写真をPMBに取り込んでマップビュー表示してみたところ、こんな感じ。

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ピンの立っているところが滞在中に写真を撮った場所で、左側の写真が集中している島がÎle de Groixだ。
ちょっと分かりにくいのでGoogle Mapでも(ピンが立っているのは滞在した家の場所で、広域表示にすると左下に島が見えてくる)。




島まではLorientから船で45分ほど。

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島に着くと、さすが大西洋の外洋だけあって水の透明度が違う。

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来てみると思っていたよりも遙かに大きな島で、結局タクシーを呼んで島一番のビーチまで行くことに。
他の観光客は船着き場で貸し自転車を借りて向かっていたが、さすがに5歳と3歳のチビにはまだ無理。

着いてみるとビーチはまさに青い空、青い海、白い砂浜というより他はないほどの絶景。
(パノラマ写真はクリックで拡大表示)

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ただ水はちょっと泳ぐのには冷たかったので、主に砂浜でちび太とちび子とボール遊びをしたり砂を掘ったりしてのんびり過ごした。

そして夜はカレー。バーベキューと並んで最高の"野外飯"だ。

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4日目の火曜日はこれまでの好天が一転して雨。
期待していた Marché de Soirにも行けず、家の近辺でブラブラ過ごす。

そして5日目、今度はバスと小舟を乗り継いでPort-Louisの街から海を渡ってGâvresの街&砂浜へ行ってみることに。
またもや雨の前日から一転して、快晴。日差しが海に反射して何とも美しい。

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バスに乗る際に当然切符を買う訳なのだが、この切符、小舟でも使えるのだ。
というのもこの小舟も公共交通機関の一つで、バスで最初に切符を機械に通してから1時間以内であればそのまま追加料金無しで乗れる。

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そして遊ぶ前には腹ごしらえ。
まだ来てからクレープを食べていなかったのに気付き、小さくて雰囲気の良いお店を見つけてランチ。

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クレープにはもちろんシードル。
このシードル(doux)はアルコール分2%だったのだが、店の人に真面目に「子供にシードル用の器(Bol)いる?」と聞かれた。3歳前の娘にすら聞くとは、さすがフランス。

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ガレットも美味しかったが、デザートのクレープも美味しかった。
個人的にはクレープはデザートだけで良いかな。

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このお店から15分ほど歩いたところに、人気の少ない小さな砂浜を発見。
岩場も隣接していて磯遊びにも最適そうだったので、早速ここで遊ぶことに。

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たっぷり遊んだ後は帰ってまたバーベキュー。この開放感はたまらん。
この日は少し趣向を変えて、焼き鳥(塩&タレ)を作ってみることに。
とは言え、フランスには骨を取った鶏肉は基本的に肉屋でも売っていないので、鶏肉を捌くところから始めなくてはならない。

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どうせならと思い、1羽丸ごと購入(笑)
むね肉の外し方に手間取ったが、予想以上に焼き鳥らしく串打ちまで行けた。

あまりの美味しさに写真を取り忘れたが、鳥の美味しいフランスで炭火で焼く焼き鳥は格別だった!

つづく。

フランス田舎紀行~Locmiquélicへの旅(1~2日目) [旅行]

フランス生活最後のフレンチバケーションがいよいよスタート。
最初のイベントは会社の同僚家族(夫婦+生後3ヶ月の赤ちゃん)と一緒にブルターニュ地方の海辺の小さな街、Locmiquélicへ一週間の旅行だ。
バカンス出発前に家の窓の鉄枠を締めていよいよ旅立つ前に玄関から見る部屋の中の景色、なんかこう気持ちのスイッチが切り替わる瞬間のようで結構好き。

パリのモンパルナス駅に着いてみると、恐らく夏休みを利用した子供達だけでの旅行(林間学校みたいなもの?)の見送りに来ているパパ&マモンが多いこと。

出発前にCarte Enfantが見当たらず急遽再発行&息子の証明写真取り直しなど出発間際までバタバタしたが、何とか無事乗車完了。
ちなみにこのCarte Enfant、子供がいれば70ユーロで発行してもらえるのだが、なんと同行する大人6人までがこのカード一枚で半額になるという優れもの。
ブルターニュまでだと片道100ユーロ近くするので、一回の旅行だけで十分元が取れてしまうのだ。
フランスはこういった子供がいる家族への公共サービスが充実していて、日本も子ども手当のバラマキではなくこういう地方への旅行を促進するといった意味のある消費に繋がる方策をもっと取るべき。

パリから約3時間半、Lorient駅に着くと、妻がフランス語の先生にアドバイスを受けて手配したタクシーがお出迎え。

このタクシーのおじさんとは結局1週間を通して大変お世話になった。
Breton気質あふれるというか、人間味があって優しい田舎のおじいちゃんといった雰囲気だった。

タクシーで駅から30分、海を渡ってLorientの対岸の街、目的地であるLocmiquélicに到着。

途中スーパーマーケットで1週間分の食料や水を買い込んでいる間に電話をしてオーナーに迎えに来てもらった。
鍵を渡されて家の説明を受けながら雑談していると、なんともとうちの会社の社員だったことが判明。
アジア人など全くいない街で家を借りに来た日本人一行との距離がぐっと縮まった瞬間だった。

家自体はこぢんまりとしていてとても使い勝手の良いもの。
特に台所、リビング、庭が一直線に繋がっており、常に子供達が目の届く範囲で庭で遊び回れるというのが良かった。

この日は歩いて5分のPort de Ste CatherineでFete des sardines(イワシ祭り?)とのことだったので、これは行かない理由はない。

まさにイワシ、イモ、バター、付け合わせというシンプルイズベストな一皿。
イワシは小骨が多かったが、鮮度が良くて美味しかった。
食べているとすぐ横のステージでバグパイプのような演奏がスタート。
そして踊り出す住民達(ガイドブックにも載っていないような街なので、観光客もほとんどおらず、イワシ祭りもほぼ100%地元住民)。

しかもこの明るさで既に夜8時。うーん、これぞバカンス!!

2日目は遅めに起きて昼過ぎに歩いて海岸へ。
普通に歩いているだけで一般住宅が絵画のように青い空と海に映える。

15分ほど歩けば海岸に着いたのだが、そこは砂浜ではなく干潟のような場所で、ちょっといまいちだった。貝は無茶苦茶いたけど。

海岸遊びは早々に切り上げて、家に戻ってチビキッズが楽しみにしていたバーベキューの準備に取りかかる。

折角なのでフランスらしくシャンパンも準備。ワインはやっぱりRoseで。

自分たちで行うバーベキューは何時以来か思い出せないほど久しぶりだったが、子供でなくとも火をおこして、炭に火を移して、網を乗せて・・・という作業は楽しい。
普段は余り食べないソーセージもなんだか異常にうまそうに見える(笑)

そして個人的にバーべーキュー最強の肉だと思っている、子羊のHerbes de Provenceがけ。

やっぱり外で食べる食事はいい。
フランスのように夜遅くまで明るいと、大人はゆっくり食事が出来るし、子供達は食べ終わってからも十分庭で遊ぶことが出来るので素晴らしい。

2日目にして既に完全に仕事を忘れてすっかりリラックス。

つづく。


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